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「なんか食わせろ。限界だ」
いつもの横柄な態度で、さも当然のごとく私のお気に入りのソファーに腰を下ろす。魔界にいるはずでは?とか、何かしでかしたんですか?とか、次々疑問がもたげたが、私は反射的にキッチンに立っていた。習慣とは恐ろしいものだ。
ちなみに異次元魔法は、天界・魔界・人間界の異なる次元を超えて肉体を移動させる超大技の魔法で、普通の天使や悪魔はまずやらないし、やろうともしない。
なぜなら失敗すれば消滅してしまうぐらい危険な魔法だからで、それを食事目当てで使う馬鹿(失礼)は大魔王様ぐらいのものだ。
私はせっせと料理を作った。学院にいた時は事あるごとに大魔王様の食事を作っていたから、好きなメニューも味付けもわかってる。
大魔王様は人間界の食品が好きで、研修先で出会った和食が特に好みにあったらしく、何でも食べる。
野菜に肉に魚。どれもシンプルな味付けで、スープは必須。甘いものもマスト。そんなに量を食べるわけではないのはわかっていたが手が止まらず、あれもこれもと作り続けてテーブルの上はできたてのおかずで山盛りになった。
「うまいなー」
大魔王様はしみじみ言った。この人はひねくれているが、食べているときは本当に嬉しそうな顔をする。しかも一つ一つを口に入れるたび、むぐむぐとじっくり味わって『美味い』を繰り返すのだ。
「美味しいですか」
「うん、美味い」
私は不覚にも幸福感に満たされていた。
なにしろもうこんな風に大魔王様の『美味い』をきけるなんて二度とないと思っていたのだ。卒院したら縁が切れる。それは当然で仕方がない事だとずっと言い聞かせていたのだから。
「全く、新任早々から山のように仕事を押し付けられてだな。魔界のお役所仕事を一周して経験を積めとかなんとか……偉そうに言ってるけど要は面倒な仕事を溜めて待ってたとしか思えんのだ。おかげで未だに休暇の見通しも立たん。だから休みなんか待たないで来る事にした。もっと早く来ればよかった、魔法を使えばいいんだし」
「まさかこれからもこうして来るつもりですか」
「そりゃそうだ」
驚く私に、さらに驚いたように大魔王様が言った。まっすぐに見返すその目は、相変わらず私の否定など全く想定していないようだった。
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