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「飯を食ってたら急にいなくなって、なかなか帰ってこない。その時はまだ月なんか出てなかった。どこ行ってたんだ」
「パカのところです。以前、銘酒魔界酒を飲んでみたいと言っていたから届けたんですけど、久しぶりだったのでつい話し込んでしまいました。大魔王様、誘って欲しかったんですか?」
こういう時、無難な答えをすらすら思いつく自分の要領の良さが恨めしい。いっそ言いよどめば可愛げもあるのに。
「別に。会いたくなれば自分で行くし」
明らかに不貞腐れ気味に言って大魔王様は歩き出した。ゆっくりの私に合わせて草の海を泳ぐように。
「満月か」
大魔王様はやっと気づいたように空を見上げた。月明かりに照らされた横顔は出会った頃からほとんど変わりない。動きに合わせて自由に跳ねる黒髪も、完璧な輪郭も。
私の視線に気づいたのか、振り返った大魔王様と目が合った。
「きれいですが大魔王様に人間界の月は物足りないんじゃないですか? 確か魔界の月って9個あるんでしたよね」
「ああ。お前も見たいか? 克己も魔界に来てみたいと言っていたし、一度俺の城でお泊りも面白いな」
「現実的に不可能でしょう。よりによって私たちは住む世界が三界バラバラです。天使も人間も魔界に適合しません。到着、即消滅ですよ」
「そんなのやり方次第だ。俺の保護魔法は最高強度だし、なんなら異次元魔法を応用すれば、まるごと次元から調節できるはずで……うん、面白いな、新魔法ができるかもしれん」
さっそく呪文のイメージを探してぶつぶつ言い始める。私は呆れた。
「そんな大それた魔法を発案しなくていいですよ。そう頻繁にお誘い頂いても、業務の調整が厳しくなってきましたし」
何気なくいつも人の都合を無視してくれることを匂わせてみる。大魔王様は軽く肩をすくめた。
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