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3-1 魔界
その日、アスタロト大公爵家の第一秘書ルクル・パト嬢は、山のような残務整理に追われて汲々としていた。
ルクルは派手な目鼻立ちの雰囲気美人でかなりのやり手である。
人間界出身の生粋の元人間でありながら魔王の養女となり、魔女大学を首席で卒業、同時に死神試験にも合格するという快挙を成し遂げた。
この実績だけでも大したものだが、それにも増して凄まじいのは気の強い性格で、学生時代の同級生など見下して相手にもせず、言い寄る男は全てはねのけ、それでもしつこい男には公衆の面前で恥をかかせる強者だった。
そのルクルが、フ―ッとため息をついてペンを置いた。
「……まったくあの方ときたら!」
彼女を悩ませているのは、雇い主アスタロト大公爵である。
天下の名門大公爵家の秘書になってまだ日は浅い。だが、その短期間は学生時代の何倍にも及ぶ濃度でルクルを疲労させた。
なんだってこんなやっかいな仕事を受けてしまったんだろう。
自分で決めたことではあるが、ルクルは要職にスカウトされた時の興奮を思い出しては、その時の自分にこの惨状を伝えたくなる。何しろ、第一秘書とは名ばかりでそれ以下の秘書はすべて不在だった。
務まらないのである。
そもそも父の魔王がアスタロトの傘下の一人なのがお声がけのきっかけである。優秀さを買われて直々の誘いを受け入れたわけだが、要は気が強くないと務まらないという事だったのだ。
だが、ルクルにとっても秘書の仕事は好都合だった。住み込みだし、公爵家の秘書といえばかなりの上級職である。しかし、望んできてはみたものの最近は不平不満が止まらない。
理由はずばり、アスタロトの気ままさにある。
アスタロトは職人気質で、魔法技術にかけては類をみない才能の持ち主だが、そのために妥協を許さず現実の生活が後回しになる事が少なくない。
熱中するあまり予定が遅れるぐらいは可愛いものだが、魔法にこだわりがある分、他人の魔法技術にも厳しい。部下の魔王が未熟な魔法を使うとすぐさま叱責がとぶ。人の上に立つ立場であれば、叱るにも気遣いが必要だが、そんなものはどこ吹く風だ。
あの方、本当は組織の上に立つのがキライよね。
フォローどころか言うだけ言ってさっさと席を立つ。見かねたルクルはいつもプライドを傷つけられた魔王たちをなだめるのに四苦八苦するのである。
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