3-1 魔界

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   さらにアスタロトは公式行事が大嫌い。  そもそも食事を外でとることを極端に嫌がるのだ。しかし大概の行事は会食とセットであり、延々と飲みながら談笑の流れになる。アスタロトは時間の無駄だと言わんばかりだ。態度に垂れ流しで、早々に帰ろうとする。  その雑な切り上げ方が不安でならないため、ルクルは常に外出に同行する。ただでさえ目立つアスタロトに、目を引く女性秘書。最近は出しゃばりな魔女と口さがなく言われ、ますます不本意だ。    全く、あんな子供みたいな性格でよく四大魔王になったもんだわ。    お偉方の集まるパーティでもなごやかに話をするなど夢のまた夢、興味のある話題だけ機関銃のようにしゃべり、気が向かなければむっつり黙るという両極端で見ているだけで胃が痛くなる。  しかも悪いことにアスタロトはそのあんまりな態度に自覚を持っていないのだ。空気が微妙になってもケロっとしている。これでは改善の見込みはないに等しい。ルクルが頭を抱えるのも無理はなかった。 「それにしたって……あー、今回はまずいわ。絶対にまずいわー」  ルクルは手元の紙を破り捨てた。  何をしたかといえば、アスタロトはよりにもよって年間の重要行事である天地会談をすっぽかしたのである。  天地会談は天界の実力者六大天使と、魔界の四大実力者の計十人で行われる重要会議で、人間界を会場に行われる一年に一回の公式行事である。  会談は三日間にわたって行われる。  朝昼夜の会食に始まって、前年度の地上報告、天界報告、魔界報告の三大レポート発表、そして天地総実力者による意見交換をし、今後の方針を決定する最高会議だ。  そんなわけで、さすがのアスタロトも嫌がることなく人間界に行った。  天地揃い踏みの大会議、アスタロトは立場をわきまえて品よく務め、ルクルも久しぶりに安心して見守っていた。ソツのない言動に穏やかな微笑み。やればできるんじゃないの、と気が緩んだ矢先だった。脱走したのである。  肝心の三日目だった。  残すスケジュールは功労者の表彰と閉会式。時間を確認し、いくぶんゆとりを思ってアスタロトを起こしに行ったらところ、姿を消していたのである。  いや、いることはいた。  いたが、そのアスタロトはダミーで、当のダミーからその旨を告げられたルクルは血の気が引いた。もちろん偽物はちょっとやそっとでは気付かれない精巧なものだった。世界広しと言えど、これほどの偽物を作れるのはアスタロトだけだろう。まさに魔法の芸術ともいえる傑作である。
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