3-3 紫玉

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 もともと天の園にいた人間も、善悪という混とんとした精神性を持つことで、聖なる天界の空間には耐えられなくなってしまった。  魔界へも行けない。魔界の次元は大気の組成からして全く異なる。  つまり人間は生きているかぎりは魔界も天界もいけないことになる。 (ただし契約等で悪魔に魂を売り、魔物に変化すれば魔界に行くことはできる)  では、魔物が天界に行ったらどうなるか。  天が陽なら魔は陰の生き物、まぶしすぎる天の光に焼かれて即座に消滅である。  一方、人間界には比較的順応できる。大気の組成は異なるが魔族は人間より丈夫だし、魔族にとって有害な物質が含まれていないからだ。  ただ弱点はある。  月の微弱な光の下で暮らす魔族に太陽の光は強すぎる。そのため、人間界で過ごす場合は活動時間を夜にしたり、日に当たらない工夫をしなくてはならない。  さて、天使も魔物と同様、割と人間界には順応力がある。  そもそも天界がまばゆいため、人間界の日光など問題にもならない。ただし、長期間の滞在ではエネルギーが足らず次第に弱ってしまう。当然、闇に染まる魔界には全く適応しない。    ルシフェルが魔界に乗り込んだ頃は、これほど著しい差異はなかった。だからこそ生身で活躍もした。だが、今ならば濃い魔の瘴気にあてられたちまち衰弱しただろう。初代ルシフェルは長く魔界にいたため、徐々に魔界に体が順応していったらしく、最終的には天界に戻れなかった。  このように、天・魔・人間界は互いに密接な相関関係をもっていながら、異なる空間条件のせいで自由に行き来することができない。  例外として中立都市ジュヌーンは天使と悪魔の双方が存在できる稀有な異次元だが、これは魔法で調整を重ねた人工的空間で範囲はごく狭い。  しかし。  ここでいよいよ本題に入る。紫玉である。  この紫玉をつかえば問題は解決するのだ。  紫玉は一見、アメジストに似た紫色の水晶玉である。しかし、この水晶玉を手にすれば、その当人の周囲はどの次元でも当人に適合した空間に中和される。  また、持ち主が紫玉に範囲と次元を指定すれば、望みのままにその場を変化させる事ができるのだ。  これは、最終兵器に匹敵する能力である。    仮に持ち主が、魔界なんてつまらない、ここが天界になればいいのに、と願ったとする。するとたちまち魔界は天界の空気でみちみちてしまう。そしてたったそれだけの願いで魔物は全滅する。  人間界や天界や魔界を行き来するのに使うだけなら、紫玉はとても便利なただの道具だ。  しかし、紫玉を有するものは異次元空間も制する。  アスタロトが狙っているのはそういう大それたシロモノだったのだ。
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