3-4 芳賀屋

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3-4 芳賀屋

 さて。  突然だが、ここは人間界。お決まりの芳賀屋である。宿屋の口コミで、古民家風とは名ばかりのただのボロ屋と評される平屋の木造家屋だ。 「遠路はるばるやってきたというのに、この宿は茶菓子の一つも出ないんですか」  声を張り上げたショウはボロ屋にそぐわない美青年ぶりである。  来るなり茶の間に上がり込み、ちゃぶ台を前に正座を崩さない。今日は髪は短く、綿の白シャツ、黒のスラックスという地味な身なりで人間に化けている。一方の克己はゴム手袋を外しながら、遅れて茶の間に入ってきた。 「しょうがないだろ、風呂掃除の途中だったんだから。大体、何なんだよ朝っぱらから。そっちこそいきなり人んちにきて偉そうに菓子ねだるかよ、ふつーはよ」 「ここは宿屋でしょう、もてなしの気持ちが足らないんじゃないですか?」 「ショウは客じゃないじゃん。御泊りするなら予約してきてくんない?」 ピリピリしているショウとは対照的に克己は全く焦らない。台詞はともかく、口調はどこまでものんびりだ。 「客どころか私は大事な友人でしょう。ねだられる前にようかんの一切れぐらいサッと出すのが優しさじゃないですか? 私にはわかるんです、その茶だんすの一番上のところにお菓子がいっぱい入ってる。チョコレートに柿の種、饅頭に醤油煎餅……」 「なんでそれを」 「くだけた煎餅の粉が、戸棚の桟に落ちています。意地汚いあなたのことだ、三度の食事以外にも腹がへると、ああいうおやつをばりばりやっているにちがいない」 「う」 「冷蔵庫の二段目の棚にはプリンが入っていますね」 「プリンまでどうして」 「見えるんです、私には。いけませんね、糖分のとりすぎです。ふかしたイモでもたべていなさい。その方が余程健康的だ。そしてプリンは私がたべる。理想的です」 「俺のおやつ! 掃除のあとのお楽しみなのに」 「あさましい」 ショウは突き放すように言う。どっちが!と克己は心の中で毒づいた。 「そんなことではぶりぶり太ってしまいますよ。プリンが食べたいなら、私のようにパーフェクトなボディになってからにしなさい。ほらこの下腿三頭筋」 ショウはにょきっと右足をのばしてみせる。こんな馬鹿なマネをしていても顔が冷静なのがこわい。引き締まった筋肉に負けたと思ったのか、ぶりぶり太るのは嫌だと思ったのか、克己はプリンをショウに差しだした。
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