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3-6 説得
人間界。
芳賀屋は珍しく緊張感に包まれていた。
克己は珍しくビシッと背筋を伸ばし、正座で目の前のアスタロトを見つめている。
対するアスタロトは苛々しながら今日、何度目かの台詞を吐いた。
「だーかーらー! いい加減、口をきけよ。いつまでだんまりをきめこむつもりだ」
克己は鉄の意志でぴくりとも動かない。
とはいえ元々落ち着きのない克己である、普段なら一分ももたない苦行だ。それが今日に限ってはすでに三十分は経過している。
とにかくアスタロトがいつもの調子で、ガラッと木戸をあけ「克己、呼んだか」と入ってきた時から様子がちがったのだ。
克己はぶ然と「呼んだとも」と返事をしたきり、でんと座って戦闘体勢に突入している。
はじめの十分くらいは、どうしたの何だのとひっきりなしに声をかけていたたアスタロトだったが、相手がウンともスンともいわないので、うんざりしてきた。
こいつ、怒ると黙るタイプだったのかー。
そういうの苦手なんだよなー。
同じ喧嘩なら言い合う方がまだマシである。しかし克己の責めるような視線に負けて、もう一度尋ねた。
「言いたいことがあるならはっきり言え。こんなんじゃらちがあかないだろう」
「……」
アスタロトは目に力を込めて克己を見返した。克己は真一文字に唇を結び、返事をしないよう我慢している。まるで沈黙こそが主張であるとでも言うように。
「あのなー、何が気にいらないのか知らないがその態度はないんじゃないか? 人を呼びつけておいて返事もしないで、恨みがましく私を見てたってどうしようもないだろう。私は忙しいんだ、いい加減にしないと帰るぞ」
さすがに帰られては困ると思ったのか、克己は一瞬、口をひらきかけた。だが、ぶんぶんっと頭をふり無言を守る。しかし若干揺らいだこの反応に脈ありとみて、アスタロトはわざと冷たく言った。
「じゃ、いいんだな。帰るぞ」
言い終わるがはやいか、サッと立ち上がる。ためらいなくきびすを返したアスタロトにつられて克己も立ち上がり、はしっと上着をつかんだ。
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