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「やめろ、大事な魔法着がのびる。この素材は特注品だ」
克己はそれでも手を離さない。全体重をかけて引っ張り続ける。アスタロトはちらりと克己を見下ろした。
「嫌なんだろ? そんなに帰って欲しくないなら話せ」
「……」
「いいか、これは交換条件だ。お前が何にふてくされているのか知らないが、私も大魔王だ、心は広い。ちゃんと説明すれば帰らないでいてやる。大体なんで黙ってるんだ、いたずらに事態が膠着するだけで時間の無駄だろう。まず説明しろ」
克己は眉根をよせた。確かにそうだ。
実は『あなたの場合、話せば話すほど大魔王様に言いくるめられるから発言には気をつけるんですよ』とショウに言われている。
『主張はできるだけ言葉少なくシンプルに、余計な事を言ったら負け、交渉は我慢比べです』とも。
結果、ひたすら態度で示しているのだが、そもそも会話をしていないので交渉自体が始まっていない。
「はやく答えないと魔界に戻るぞ。後からいくら呼んでも声なんて届かないんだからな。三つ数えたら行くぞ。ほーら、いーち、にーの、」
「あ、あああ、待って」
アスタロトは消えるつもりなど毛頭ないのだが、脅しに腕の一部を見えなくしてみた。姿消しの魔法という初歩の初歩の術である。だが、克己はド肝をぬかれてつい叫んでしまった。
「言うよっ。どうせ大体のところわかってるんだろ、意地悪!」
「さあ、何のことだか」
アスタロトはすっとぼけて肩をすくめた。克己は怒鳴った。
「紫玉だよっ、紫王! 危険なものとりにいくの絶対にダメ! 行かないっていうまで口きかねーぞ、行ったら絶交だかんな。わかったな、太郎!」
「克已。おまえ幾つだ」
絶交だの何だのと、まるで小学生のケンカである。アスタロトが心底呆れた様子なのに腹を立て、克己はいきなり切り札を振りかざした。
「俺には三つの願いが残ってるんだからな。あと一つ、それ使うから!」
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