3-6 説得

7/13
前へ
/351ページ
次へ
「さ、さあ、言ってみろよ。紫玉、とりにいくのかよ。太郎、ほら、早く答えろよ、どうするんだよっ」  アスタロトはごくりと唾をのんだ。克己のつま先が地面にすれる。まるで喉元に刃をつきつけられているようだ。端麗な顔が歪む。 「……」 「どどど、どうなんだよ、は、はっきり言えってば」  克己は額の汗をぬぐった。怖い。成り行きでこんな場所に立ってしまったが、冷静だったら大金を積まれても断るに決まってる。  だが、アスタロトは小さいがはっきりした声で言った。 「行く」 「え? ええーっ?! 行くのかよーッ?!」  ガーン。  その時の克己の表情を、的確にあらわすとしたらまさにコレだ。  克己は、内心、ここまですれば自分に分があると思っていた。なにしろ命がけだ。だからこそこんな無茶な賭もしたのに、まさかのどんでん返し。しかし今更引っ込みがつかない。  克己は目線だけずらして下をみた。ひゅー、と風がふいて砂が舞う。背筋がぞわぞわした。高い。あまりに高い。 「お、お、落ちるぞ。ほんとに、おっこっちゃうぞ」 「やめとけ、無駄だ。痛いだけだぞ」  そうしようかな、と心細くなり、克己は諦めかけた。  だが、手をさしだしたアスタロトの心配そうな顔を正視した時、気がかわった。思いとどまろうとした克己に心底ホッとしている。それは優しさ以外の何物でもない。  だめだ、太郎を死なせちゃいけない。  俺の意気地なしでとめられなかったら、それで太郎が死んでしまったりしたら、絶対後悔する。  克己は涙目でアスタロトの手を払いのけた。  ばしっ、と、手の鳴る音がしたのと同時だった。克己は地面を蹴ると、闇の中に身を投げた。 「克己!!」  アスタロトの全身から、血の気がひいた。
/351ページ

最初のコメントを投稿しよう!

207人が本棚に入れています
本棚に追加