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「さ、さあ、言ってみろよ。紫玉、とりにいくのかよ。太郎、ほら、早く答えろよ、どうするんだよっ」
アスタロトはごくりと唾をのんだ。克己のつま先が地面にすれる。まるで喉元に刃をつきつけられているようだ。端麗な顔が歪む。
「……」
「どどど、どうなんだよ、は、はっきり言えってば」
克己は額の汗をぬぐった。怖い。成り行きでこんな場所に立ってしまったが、冷静だったら大金を積まれても断るに決まってる。
だが、アスタロトは小さいがはっきりした声で言った。
「行く」
「え? ええーっ?! 行くのかよーッ?!」
ガーン。
その時の克己の表情を、的確にあらわすとしたらまさにコレだ。
克己は、内心、ここまですれば自分に分があると思っていた。なにしろ命がけだ。だからこそこんな無茶な賭もしたのに、まさかのどんでん返し。しかし今更引っ込みがつかない。
克己は目線だけずらして下をみた。ひゅー、と風がふいて砂が舞う。背筋がぞわぞわした。高い。あまりに高い。
「お、お、落ちるぞ。ほんとに、おっこっちゃうぞ」
「やめとけ、無駄だ。痛いだけだぞ」
そうしようかな、と心細くなり、克己は諦めかけた。
だが、手をさしだしたアスタロトの心配そうな顔を正視した時、気がかわった。思いとどまろうとした克己に心底ホッとしている。それは優しさ以外の何物でもない。
だめだ、太郎を死なせちゃいけない。
俺の意気地なしでとめられなかったら、それで太郎が死んでしまったりしたら、絶対後悔する。
克己は涙目でアスタロトの手を払いのけた。
ばしっ、と、手の鳴る音がしたのと同時だった。克己は地面を蹴ると、闇の中に身を投げた。
「克己!!」
アスタロトの全身から、血の気がひいた。
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