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それは押しても引いてもびくともしない、見る者を威圧する壁だった。
アスタロトは人さし指の第一関節を自分の鋭い爪で傷つけた。
真っ赤な血が滴り落ちて地面に吸収されていく。その濡れた指先で壁に血文字を書いた。文様に似た複雑な魔法文字をさらさらと描く。自分の頭の位置から足元まで文字を連ねると、血の止まらない傷口をなめた。
書いた血文字から焦げるような匂いがたちこめる。
壁に触れた手応えで、アスタロトにはこの壁にどの程度の強化魔法がかかっているのかすぐに見当がついた。
うーん、すごーく頑張ってる。
おそらく単独の魔法使いの力量では全く歯が立たなかったのだろう。当時駆り出された魔法使いたちの奮闘ぶりが伺えて、アスタロトは同情する。各々がかけた呪文でがんじがらめだ。
でも残念ながら、この壁を壊すぐらい造作もないんだなー。
「kisjjl kkideeeesoekfu cdhsr」
ガラガラガラ。アスタロトが一言呪文を唱えると、魔法文字が閃光を放って壁を溶かした。
たちまち腐食して人一人通りぬけるのにちょうどいい穴が開く。しかも強力なアスタロトの破壊魔法は三重の壁を一気に貫いている。
アスタロトはさっそく穴をくぐった。壁は分厚く、三枚分の壁を超えるだけでも結構歩く。しかし最後の壁をくぐり抜けて外に出た途端、急に足が宙に浮いた。
おっと、危ない。
足元は土でなく水だった。壕が壁に添うように作られ、尚も行く手を阻んでいる。深い壕の中には澱んで黒緑に変色した水がたぷたぷと揺れていた。
水は紫玉の効果を吸収させるためか、外部からの侵入者除けか。どちらにせよただの水のわけがない。うっかり足をつけば、そのまま底なしに引きずり込まれる。
「Pleurotus ostreat 」
アスタロトは新たな呪文をとなえた。即座に水面に風が渡り、表面が凍った。その上を滑るように歩いて堀を渡る。
ようやくタルタロスの内部に入った。
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