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水面が荒れても海底は静かなのに似て、地下は静かだった。シールド越しに海を泳ぐように土をかき分ける。
「これで気配を消したつもりか」
アスタロトは手のひらを前に向けた。手は火をふいて、炎の纏った龍が土の中を駆け巡った。アスタロトは地上に浮上した。砂がところどころ炭のように赤く燃えているのを確認する。
「出てこい」
火竜の動き通り、炎は地下に円を描き、めらめらと火柱を上げた。火の結界により、さっきまで妖しく波うっていた砂は糸を切られた人形のようにただの砂山に戻っていた。
龍が首をもたげ火炎を吐く。激しい炎で結界の中央が黒焦げになる。
地中からあぶりだされた魔物が苦々し気に顔をだした。
「ロレイ候爵、いいザマだな」
アスタロトは結界の中に入ると、全身火傷で瀕死のロレイ侯爵を踏みつけた。躊躇なく顔を砂にめりこませると、その背中に向かって指をさす。瞬時に爪が伸びてずぶりと心臓を貫いた。
絶望の呻きとともにロレイ候爵は果てた。
死んだ魔族はあとかたもなく消える。人間のように亡骸は残らず、完全に無に帰る。ロレイ候爵の体は霧散した。
「これで魔王とは情けない」
アスタロトは冷たく言い放ち、くるりと背をむけた。そして再び歩きはじめようと足を踏み出した時、どこからともなく声が響いた。
「つけあがるな、アスタロト」
空間を震わせるような暗い声だった。複数の声が混じり悪意をぶつけてくる。
「ロレイの馬鹿は先走って失敗したが我々は違う。貴様のような若輩者にアスタロトを名乗る資格はない」
ビュッと矢が飛んできた。百や二百ではきかない鋭い矢が、アスタロトめがけて集中攻撃する。翼を出して浮かびあがったが、アスタロトがいた場所は突き刺さった矢で、真っ黒に埋っていた。
アスタロトはつま先で砂に着地すると再び走りだした。その後を追って、さらに大量の矢が飛んでくる。アスタロトは叫んだ。
「オロバス! ヴェパール! ハウロス! 姿を消したって無駄だ、見えてる」
後方の気配がびくっとざわついた。
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