3-7 タルタロス

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 魔王たちは青ざめた。  そして恐る恐るもう一度血だまりと転がった手足を凝視した。すると一つの肉片がボゥと浮かびあがり、血をふいて内側からはじけた。唖然としていると、そのままアスタロトに変化した。 「そんな」  呟きすらかき消す勢いで次から次へと肉片が弾けた。そのたびに新たなアスタロトが微笑む。大勢のアスタロトが声を揃えて言った。 「これで1対1で勝負ができる」  悪寒が走った。あちこちでアスタロトが笑っている。さっきとは反対の構図だった。今度は自分たちが囲まれる番だ。 「魔王は大魔王に忠誠を誓うはず。反古にした罪をあがなえ」 じりじりと追い詰められていく。アスタロトは何をしかけてくるでもない。ただ近づいてくるだけなのに充分恐ろしかった。 「やめろ、くるな!」 「好きで来たのはそっちだ」  魔王たちはあらん限りの攻撃魔法を使った。手ごたえはあった。 炎で焼き祓い、破壊し、切りつけた。しかしアスタロトは相変らず薄笑いを浮かべている。 「やめろっ!」 苛立った魔王が恐怖に耐えきれず叫んだ時だった。胸にドスンという衝撃を受け、我にかえった。胸が朱に染まっている。  目の前にいるのは、彼と同様、放心状態の魔王仲間だった。相打ちしたらしく、相手も腹部に大きな穴をあけている。 「幻視……か……、くそ……」 あまりの精度で全く見抜けなかった。実力派の魔王同士が魔法を駆使しただけあって、その攻撃は致命的だった。致命傷の傷口から体液が流れ出る。体中から力が抜けて立つこともできなくなっていた。 「ぶざまだ」 魔王の耳にアスタロトの声が響いた。  目を向けると、涼しい顔で自身を傷つけたはずの場所に立っていた。ちぎれた体も、肉片も、そこから再生したアスタロトも、全て幻だった。自分以外の魔王はみなアスタロトに見えるように仕組まれたのである。アスタロトは総崩れの魔王達を一瞥した。 「この程度を見破れないとはそもそも魔王の器にないということだ。消えろ」 アスタロトは悔しそうに消滅する魔王たちに冷然と言い放った。
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