3-9 戦い

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3-9 戦い

 邪魔者を片づけたアスタロトは、体に付いた砂埃を手で払った。相手をアスタロトと誤認して激しい殺し合いをした魔王たちは霧散消滅して影も形もない。 「一応魔王同士、力は同程度だったか。本来なら自分で仕留めたかったが」  風が通りぬけ、それを合図にしたようにポツポツと雨が降り始めた。アスタロトは思わず舌打ちする。  タルタロスは気温も気候も安定していない。淡い紫の雨は紫玉の涙と言われ、活動の予兆である。掌を開いて雨を受け止めると、滴が手の中で玉を作った。雨は黒の着衣にじっとり滲みていく。  ……弾かない?  アスタロトは忌々し気に水滴を払いのけたが、勢いを増す雨でたちまち全身ずぶ濡れになった。前髪から伝わった水滴は鼻梁を滑り、地面に吸い込まれていく。  アスタロトは白い顔をますます白くしてその場に立ち尽くした。正面を睨み据える。  封印塔はまだ遠い。  だが、これほど易々と雨に濡れると言う事は、全身を覆う保護魔法が弱ってきている証拠だ。あまりにも早い。  出直すべきか、否か。  アスタロトは迷った。しかし、戻るには距離がありすぎる。  ここまで保護魔法が急激な劣化をするのは想定外だった。消耗するのは承知のうえだが、タイムリミットとして設定した24時間は綿密な計算に余裕を加味している。多少の誤差はあれど、これしきで弱まるような脆い呪文ではない。まして魔法の手順や呪文に関しては絶対に間違わない自信がある。  なぜだ。  さすがのアスタロトも一瞬、思考停止に陥った。そして呆然としている最中、追いうちをかけるようにキーン、と異音がした。空気が震えるような高く響く音だった。  音の行方を辿って顔を上げる。はるか遠く封印塔の中から光が漏れている。光は生き物のようにじわじわ半円を描いて膨らんだ。  まずい。  瞬く間に光は洪水のように広がり、目前に迫って視界を白金に塗りつぶした。  強烈な光に体が焼かれる。  ゴゴゴ……という地鳴りが、乱打する太鼓のように響き、激しく波打つ自分の鼓動と共鳴した。  ____________紫玉が目覚めた。
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