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「あの方は参加したものの全然やる気がなかったんで、存在感を消して傍観者に徹していた。戦闘を避けていたから皮肉にも無傷のまま、そうこうしているうちに次代のアスタロトを決める10日の期限が過ぎてしまったの」
その頃の魔界は荒れくるっていた。
血気盛んな魔王が多く、先代アスタロトの夭逝以前からピリピリしたいがみ合いが白熱していたのである。
彼らは降ってわいたチャンスに沸き立った。鬼気せまる迫力で連日火花をちらしあい、あまりにも過熱したが故に、私情をこめたなぶりあいに発展してしまったのだ。あいつだけは仕留めてやるという執念で戦うため歯止めがきかない。
結局、残ったのは魔王の中でもヨボヨボの戦力外の輩だった。当然ながらそんな老いぼれの中でアスタロトの存在は際立って若く美しい。
時期尚早の逆風は承知の上だったが、これ以上魔王の欠員が出ては組織が成り立たなくなる。サタンの最終判断でアスタロトは大抜擢された。
「でもそれは残った魔王達の力量を考えれば妥当な判断だったのでは」
「いいえ。魔界でははっきり勝負に勝って結果を示さないと駄目よ。真の評価にならないの」
しかも異例の立身出世である、今回のように根っからの新人が羨望のポストにつけば、嫉まれるに決まっているのである。
「とにかく事情が事情だったから、棚ぼた出世の陰口は止まず、アスタロト様はいつまでも認められなかった。でも、あの方こそ誰よりも実力主義なのよね。だからずっとその力を知らしめるチャンスを狙っていたという意味合いもあるの」
ショウは無言になった。その手の魔界の噂は聞いたことはあったが、こんな風に生々しく、陰湿な響きで聞いたことなどなかった。
アスタロトはいつも苦もなく成しとげたような涼しい顔をしている。そんな飄然としたアスタロトを当り前だと思っていた。
「つまり紫玉はいつまでもアスタロト様を認めようとしない不満分子を消すための囮なのよ」
ルクルはショウの沈黙も構わずに続けた。
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