207人が本棚に入れています
本棚に追加
/343ページ
アスタロトはぎこちない動きで封印塔に近づいた。
とにかく腕も足も重くてたまらないが、いちいち呪文を唱えて物体移動する手間にくらべれば、気力で自分の腕を持ちあげた方が全然マシである。
なにしろ、最短で残り96本の円筒を取り外さなければならない。
とすればアスタロトにとって最も有利な魔界の空間が支配している今のうちに、できる限り作業をすすめるべきだった。
アスタロトは息を整え、集中した。
「Collybia velutipes」
封印解除の呪文は、大きな声ではっきり一言一句正確に唱えなければ効力を発揮しない。
だが、アスタロトは呪文にかけては間違うなど考えたこともなかった。
アスタロトにとって魔法は呼吸に等しい自然な動作にすぎない。呪文も然りで、あえて覚えようとしなくても魔法文字見ればそのまま頭に入る。その才が普通ではないということもアスタロトはじゅうぶんに承知していた。
呪文を言い終えると同時に、銀の筒をむんずと掴んで移動させた。
今のアスタロトにとって、銀の筒は丸太くらいの大きさしかない。魔族の感覚では、この程度の大きさの物なら動かすのは容易である。ただ、今回はひどく重く感じるので片手ではなく両手を要する。だが、やってみて実感するが、初めのように微妙な力加減をしながらびくびく運ぶ事を思えば全然楽だ。
これならやれる。
アスタロトは手ごたえを感じて、さっそく呪文を唱えながら次の円柱に手を伸ばした。言い終わるとそのまま掴んで塔から外す。
繰り返す。
アスタロトは目の前の作業に没頭した。
最初のコメントを投稿しよう!