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「これは一体どうしたことだ」
夢でもみているような気分で彼は歩きはじめた。
しかもさきほどまで変更していたはずの天界の空間でもない。ジュヌーンと同じ中立の空間だ。
しかしとりあえずここがタルタロスであることは間違いない。空に浮かぶのは魔界の9つの月だ。生身の体では初めて見た。
ショウは気を引き緒めて、あたりをぐるりとみまわした。眉間に力を集中し、思いきって透視してみる。
「あ」
ショウは驚きのあまり声を上げた。壁がなくなっている。タルタロスに三重にはりめぐらされた頑強な壁が、あとかたもなく消えているのである。
「大魔王様!」
こらえきれずショウは叫んでいた。はやる気持ちをなだめつつ、透視を続ける。タルタロスは水と砂しかない。人影は全く見えなかった。
ショウは頭を振った。自分の頬を叩いて気合を入れ直す。そんなはずはない。あの方がそんなに簡単に消えてなくなるものか。
ショウはアスタロトの姿がないことを、信じようとしなかった。
絶対にいるはずだ。
ショウは震える手を胸の前で組んだ。
隅から隅まで360度、ゆっくりと視点をずらしていく。
アスタロトの姿はなかった。ショウは絶望感と焦躁感で押しつぶされそうだった。
こんな時、最後に会った時のアスタロトの顔をふいに思い出したりする。
アスタロトは言ったのだ。
俺は置いていかれるのは嫌だよ。とり残されるのは嫌だ。
置いていていかれる辛さより、先をいく大変さを味わった方がいい。
ショウは胸騒ぎがした。こんな言葉を今までアスタロトは言った事がない。だから一言一句、間違いなく思いだすことができる。
何故ならその言葉は、おそらくショウがアスタロトからきいた初めての弱音だったからだ。忘れるはずなどなかった。
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