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「太郎!」
「やめろ、克己!」
「だって、太郎が死んじゃう」
「やかましいっ! まだ死んでない!」
ショウは足で克己をけっとばした。上品な天使にあるまじきことだが、両手がふさがってるので思わず足が出たのだ。鬼のような形相でショウは克己を怒鳴りつける。
「みだりにさわるな、早く床をとれ!」
克己は即座にきびすを返し奥へと走った。
「いいか、一番静かで落ちついたところで布団をしくんだぞ! ふかふかのやつ!」
その背中を追いかけてショウの声が飛ぶ。どう考えても一番うるさいのはショウだが、その怒鳴り声にもアスタロトは反応しない。
ショウはアスタロトをかかえ直すと、静々と克己の家へあがりこんだ。すでに奥では芳賀屋で最も上等な客布団がしかれてあり、掛布団は足元にたたんであった。ショウはできるかぎり振動を与えないよう、そろりとアスタロトを横たわらせる。克己は金しばりにあったように壁にはりついていた。
「克己、ぼけっとしてないで水だ」
またしても、ショウの鋭い声がとんだ。克己はショックの最中にあり、見当ちがいの事をきく。
「太郎、寝てるだけなんだろ? そうだろ?」
ショウはこれみよがしに舌打ちした。
「寝ぼけてるのはお前の方だ。しっかりしてくれ、水だよ」
「なあ太郎、どうしたんだよ、どうして動かないんだよ」
「見ての通りだ。魔王様は紫玉をとりにいかれて、タルタロスで負傷なさったんだ。紫玉は手に入れたが、体の方がぼろぼろだ。今から私がありったけの蘇生術を施してみるが、その魔法には水がいる。大魔王様を助けたかったらはやく水を持ってこい! さもないと本当に永眠しかねんぞ」
克己はバタバタと台所へ駆けていった。そちらも散々だった。ナベはふきこぼれ、魚はこげている。克己は調理中だったあらゆる火を止め、震える手でコップに水を汲んで奥に戻った。
ショウはすでに難しい呪文を唱えている。
克己に呪文の意味などわかるはずもなく、呆然とその声を聴いていた。
アスタロトはタルタロスにいたときよりずっと悪くなっていた。瞬間移動の間に呼吸も何度かとまりかけ、腕の中で生反応が失せていくアスタロトに焦りを募らせるばかりだった。
イラスト:鳴たん『挿絵を上げてみました。』よりねだって頂きましたw
https://estar.jp/novels/25306033/viewer?page=773
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