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その瞬間。
頭上でこの時を待っていたように金色の生き物が宙を舞った。
鋭い蹄が崖の突き出た岩をガツッと蹴り飛ばす。途端、辺りの岩壁がガラガラと崩落した。
悪魔が振り返ったのと大きな石が落下してくるのは同時だった。
「破ッ!」
咄嗟に天使がお祓いグッズの錫杖をぶん投げる。石は粉々に砕けたが、避けた悪魔にピュッと生温かい液体がぶちまけられた。
「うわ、なんだこれベタベタ……汚ったな!」
「こういう流れだと毒物かな? でも大魔王様は大抵の毒物に耐性がありますもんね」
「いや毒にしてはあまり覚えのない感触……」
天使は近づくなり眉をひそめた。
「臭うな、これ唾液じゃないですか? この距離で飛ばしたなら敵は近い。捕えましょう」
「唾液だぁ?!」
悪魔の顔色が変わった。敵よりヨダレ、物理攻撃も戦闘も慣れているが、ヨダレを頭から被るのはさすがに萎える。
「帰る!」
「は? 結界はどうするんです」
「そんなの明日で十分だ。こんな不潔なベタベタ一秒たりとも耐えられない。芳賀屋で温泉だ!」
「今は温泉より敵の確保が優先でしょう。血生臭いのは得意じゃないですか。散々血みどろの戦いをしてきたくせに」
「ヨダレは別物だっ!」
纏わりつく唾液に身震いしている悪魔が気の毒になり、天使は慌ててポケット探った。
「お待ちください、聖水ですぐに清めて差し上げます」
「馬鹿、魔族に天界の聖水なんか掛けたらそれこそ死ぬだろうが!」
苛立った悪魔は地団駄踏んだ。その御乱心の振動で、ヒビの入っていた岩に深い亀裂が走った。
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