1-1 人間界

3/8
前へ
/351ページ
次へ
「うあ、おあ、うええッ?!」 「すまない、人間、世話になる」  克己の日本語が崩壊したのも無理はない。  カラスが人型に変身しただけでもイリュージョンなのに、青年の背中からは黒々とした羽が生えていたのだ。尖った耳、腰までの長い髪、そして子供の頃、絵本などで見たことのあるずるずるした黒い衣装。  どうみても魔物である。とんだものを引き入れてしまった。克己は逃げようとして戸口に向かったが足に力が入らない。四つん這いで壁に手を伸ばしたところ、思いっきり首根っこを掴まれて引き戻された。 「やばッ、これ絶対、アッ、あっ、あくまッ」 「落ちつけ、どこに行くつもりだ。それに声がでかい。頭に響く」 「そっ、そのはっ、羽っ、ほっほんとのっ」 「ぎゃーぎゃー騒ぐな! 悪魔だから羽ぐらい生えて当然だ。それより名前を教えろ。幸い俺は恩義に厚い。通常悪魔といえば史上最悪に腹黒いが、助けてもらう以上義理は返す。世に言う三つの願いというやつだ」  説明しながら悪魔は克己の顔をとっくり見つめた。宝石のように光るブルーグレイの瞳。その吸い込まれそうな眼差しに震えが走った。これはまさしくロックオン、獲物を狙い定める目である。たまらず克己は絶叫した。 「嫌だっ! 口が裂けても言うもんか! 聞いたことあるぞ、名前なんか教えたら血なまぐさい契約が成立して俺は永遠に奴隷になってしまうんだ。可哀想な俺!」 「ならん。そもそも今の私にそんな元気はない」  なるほど、確かに透き通るような肌はどことなく青ざめ、長いまつげの下の瞳は熱っぽく潤んでいる。 「……あ、もしかして具合悪い?」 「だから落下したんだろうがバカ! 人の話を聞け!」 体調が悪くともツッコミは素早い悪魔だった。
/351ページ

最初のコメントを投稿しよう!

207人が本棚に入れています
本棚に追加