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さて。
家に帰ると温泉から上がった悪魔が縁側で涼んでいた。中庭の苔むしたつくばいから湧き水が溢れて庭の中の小川に流れている。
克己は水の流れをぼんやり見ている悪魔に声をかけた。
「太郎、ただいま。すいか食べるか?」
「食べるがその前に話がある」
まるで待ち構えていたように悪魔の返事は素早かった。
「話?」
「ああ、早い方がいい」
克己は素直に悪魔の横に座った。少し離れた場所に天使も正座する。悪魔は単刀直入に言った。
「まず言っておくが、お前は芳賀克己じゃない」
「へっ?」
「あと死にかかってる」
「へぇっ?!」
克己は自分を指さして激しく反論した。
「何言ってんの太郎、俺こんなに元気だし、偽名とか意味わかんないし!」
「じゃあ質問する。お前は祖母から芳賀屋を受け継いだんだったな」
「そうだよ。ばーちゃんが死んじゃったから」
克己は胸をそらした。何をわかりきった事をと言わんばかりだ。しかし悪魔がその答えをさらに追及した。
「そうか、そのばあさまから芳賀屋引き受ける話はばあさまが死ぬ前にできていた約束か? それとも死んだ後で親族会議でもしたのか」
「約束……いや違……、でももう、そういう事だったし……」
「なぜ孫のお前なんだ。特別ばあさまと親しかったのか。子供の頃に何度もここに来ていたのか? ばあさまはどんな声でどんな喋り方をしていた? お前は普段ばあさまを何て呼んでいた?」
「待って待って! そんなにいきなり言われたって……え……っと、その」
克己はごくりと喉を鳴らした。
驚いた。何一つはっきりした事が思い出せない。
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