207人が本棚に入れています
本棚に追加
「えっと……だから……」
克己はやたらに瞬きをした。
悪魔は何を言っているんだろう。そしてどうして何もわからないんだろう。
「わからないはずだ。お前はこの芳賀屋のばあさまとは会ってもいない」
「ええっ?」
悪魔は腕を組んだ。
「私はお前に三つ願いを叶えると約束した。しかしなぜか正式に契約が結べなかった。悪魔との契約は絶対のはず。できないとすれば可能性が二つ。本当の名前ではない場合、もしくは別に契約している場合」
「俺、騙したりしないよ!」
「ああ、お前はそんなに器用じゃない。だから私は芳賀克己を天界のリストで調べた。しかし生者の記録には該当がない。やはり芳賀克己は存在していなかった」
「調べたのは私ですけどね。仕方ないので一般データからのアプローチは諦めて、魂の詳細項目で合致を調べました」
天使が後ろから呟く。
克己は自分の手のひらをまじまじと見た。
生きてる。見慣れた血色のいい手だ。悪魔や天使が何を言ってるのかやっぱりわからない。わからない事にしたい。
しかし天使が躊躇なく続けた。
「私の調査結果ではあなたは芳賀ではなく芳野克己。東京で一人暮らしをしていた会社員です」
「よしの……かつみ。よしの? 芳野……」
克己はその苗字を繰り返した。何度か口の中で呟くうちにハッとした。間違いない。どうして忘れていたんだろう。
最初のコメントを投稿しよう!