1-10 克己

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「えっと……だから……」  克己はやたらに瞬きをした。  悪魔は何を言っているんだろう。そしてどうして何もわからないんだろう。 「わからないはずだ。お前はこの芳賀屋のばあさまとは会ってもいない」 「ええっ?」 悪魔は腕を組んだ。 「私はお前に三つ願いを叶えると約束した。しかしなぜか正式に契約が結べなかった。悪魔との契約は絶対のはず。できないとすれば可能性が二つ。本当の名前ではない場合、もしくは別に契約している場合」 「俺、騙したりしないよ!」 「ああ、お前はそんなに器用じゃない。だから私は芳賀克己を天界のリストで調べた。しかし生者の記録には該当がない。やはり芳賀克己は存在していなかった」 「調べたのは私ですけどね。仕方ないので一般データからのアプローチは諦めて、魂の詳細項目で合致を調べました」  天使が後ろから呟く。  克己は自分の手のひらをまじまじと見た。  生きてる。見慣れた血色のいい手だ。悪魔や天使が何を言ってるのかやっぱりわからない。わからない事にしたい。  しかし天使が躊躇なく続けた。 「私の調査結果ではあなたは芳賀ではなく芳野克己。東京で一人暮らしをしていた会社員です」 「よしの……かつみ。よしの? 芳野……」 克己はその苗字を繰り返した。何度か口の中で呟くうちにハッとした。間違いない。どうして忘れていたんだろう。
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