1-1 人間界

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 きっとこいつ、新米のドジな悪魔なんだろうな。  克己は新生活に奮闘する自分と重ね、勝手に親近感を抱いた。  悪魔の世界なんて弱肉強食だろうに、見るからに華奢で弱そうだし、誰も迎えにこないところを見ると仲間も居ないんだろう。  人間界にくるだけでボロボロじゃ魔法も下手くそに決まってる。落ちこぼれかぁ……可哀想だから優しくしてやろう。    甲斐甲斐しい克己の世話により、悪魔は徐々に回復した。  おかゆをちびちび食べ、しょっぱいだの分量が多いだのと文句を言う。それでも食べるたびに元気になり、起きられるようになると茶の間で寛ぐようになった。温泉も気に入って日に何度も浸かっている。  いつまでいるんだ、と思わないでもなかったが悪魔はまるで我が家の住人のように馴染んでいた。克己との生活をすっかり気に入ったようで、夜には散歩にも出かけるようになった。  途端にたちまち近所の噂である。  なにしろ目立つ。この悪魔は見惚れるほど美麗なのである。克己は問題になる前に釘を刺した。 「ここにいる以上は人間のふりをしてくれ。とにかくお年寄りが多いんだ、びびって心臓発作でもおきたら死んじゃうかもしれない」 「変身するとエネルギーを消耗するんだが……まあ騒ぎになるのは面倒だ、よかろう」  悪魔は口の中で呪文を唱えると素早く人間に化けた。髪も短くなり、翼もみえない。そうなると美しさは際立っているが普通の青年だった。 「近所の人たち、詮索好きだから親戚ってことにしとこう。名前は、えーと、そうだな、俺の克己から一字とるか、いや日本男子とくれば『太郎』だな。うん、芳賀太郎で決定!」  名前は単純に決まった。ちなみにこの時点で、初対面の時に頑なに口を割らなかった苗字も名前も自らばらしているのだが、克己は全く気付いていない。こういう抜けているところが克己の良き持ち味といえよう。
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