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「食べてないんですね。信じられない」
「だってお前、大事な実験のここぞって時にメシなんか食えるか? 定理が完成するかもしれない瀬戸際なんだぞ。俺には理解できない」
ショウはまじまじとアスタロトを見つめた。屁理屈はともかく、熱中のあまり食事を忘れたのは明らかである。
世の中には世話を見る人と見られる人の二種類がいる。
人一倍気の回る性格のショウが、自らに無頓着な悪魔に出会ったのも何かの縁であろう。しかもショウは食事の優先順位が絶対である。
「食べる物を見繕ってきます。食堂は一階ですよね」
ショウはてきぱきと動き始めた。
「片付けるのはそれからです。少し休んでいて下さい」
すぐに部屋を出ようとするショウを、ものぐさな声が呼びとめた。
「ショウ、とかいったっけ、あのな」
「はい、なんですか」
「メニューだけどな、甘いのを一品つけてくれ。いちごのムースとかそういうのだ。それからメインは肉じゃなくて白身の魚。サラダのドレッシングはマスタードがきいてる方がいい。スープはコンソメ、パンは堅めのバケットでワインは白」
アスタロトはわざとらしく胃の辺りをさすった。
「別に食欲なんてないが、せっかく用意するなら食べることにする。美味いのを持ってこいよ。そしたら食ってもいい」
アスタロトの言い草に、偉そうな、とムッとしたがショウはそんな態度をおくびにも出さずに、わかりましたと微笑んだ。
数十分後。ショウが戻るなりアスタロトはすぐさま近寄ってきた。
「遅いじゃないか、待ちくたびれたぞ!」
「申し訳ありません、ちょっと材料と道具を取りに自分の部屋まで戻ったものですから」
「自分の部屋? わざわざ?」
「ええ」
ショウはキッチンに直行すると、袋の中から次々と品物を取り出して並べた。
「なんだそれは」
「魚とレタスとトマトとオニオンと生クリームといちごとぜラチンとワインとパンとマスタードとにんじんとコンソメの素です」
「原材料のように見えるが」
「パンとワインは加工品です」
「そんな事はわかってる!」
ショウは野菜を手際よく洗い始めた。
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