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「仕方なかったんですよ。食堂の人たちも里帰りするとかで誰もいない。休業の張り紙がしてありました」
「学内の食堂って休むのか?」
アスタロトは初耳という顔である。ショウは肩をすくめた。アスタロトはしばらく食堂にも行ってなかったらしい。マイ包丁をシャカシャカ研ぎ始める。
「だから私がお作りします。多少時間はかかりますが、ご要望のメニューを提供する外食先を探すより自分で作った方が早いので」
「お前が?」
「そうですが……」
質問攻めのアスタロトに顔を向けると、意外にも期待ではちきれそうな笑顔だった。
「すごいな。魔法で料理をだす奴はいくらでもいたが、自力で作るって言ったのはお前がはじめてだ」
確かに戸棚の中の食器や調理用具は袋がかけられたまま一度も使われた形跡がない。さっそく鬼のようなスピードで玉葱を切りながら、ショウはアスタロトの生活ぶりを考えずにいられなかった。
普段、大勢のとりまきが何くれとなく手を出すから、雑用なんてやる必要がないのはわかる。魔界でも召使がいるような暮らしだったのだろう。だからといってこの生活力のなさは如何なものか。ショウは思い切って言った。
「あの、どうしてたんですか。今までも一人になってしまう時がおありだったでしょう?」
当然、今回の長期休暇のように、おとりまきが全員里帰りというケースもあったはずだ。そんな時、この無頓着な悪魔がどうやり過ごしていたのか、不安要素しかない。
「何とかなる」
アスタロトは包丁を扱うショウの手元をのぞきながら、けろっと答えた。
「何とかって食事はどうしてたんですか」
とにかくショウはスッとした外見にそぐわず大食いなので、気になって仕方ない。とはいえこの世界は簡易食で済ませる者も多く、アスタロトもあっさり言う。
「二日や三日食べなくても死ぬわけじゃない。魔族は丈夫だし」
「ちょっと待って下さい、買い置きもしていないんですか」
「魔法を使えば、食べ物くらいいくらでもだせるじゃないか。魔法の研究はノリと集中力が大事だから、いちいち中断してられん」
むしろ悪魔の口調は威張ってすらいる。天使は皮肉を込めて言った。
「今まで倒れずにいたのが不思議なぐらいですよ」
「時々、思いがけない場所で寝ていたことがあったが、あれは今にして思えば、倒れていたのかもしれん」
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