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2-5 城塞
「いったいどこまで歩けばいいんでしょうねえ」
「俺に聞いてどうするんだ」
アスタロトは投げやりに答え、ショウは黙って汗を拭った。羽があればひとっ飛びだが、当然ながら徒歩は一歩一歩しか進まない。
「そもそも地図を持ってきていないのが間違いのもとなんだ!」
疲労が極限に達したのか、アスタロトは苛立たしげに叫んだ。華奢な身体は動くたびに背負った荷物に振り回されている。魔法が使えないからと思いつくまま荷造りしたせいでずっしり重いのだ。
「お言葉を返すようですが、私は地図を持ってくるべきだと申し上げました。なのにアスタロトさまが城なんて遠くからでも一目でわかる、あんなに目立つものがわからないなんて阿呆もいいところだと仰って」
「着地地点を間違えなければ確かに必要なかったんだ」
「それにしたってすごいズレですよねえ? 城どころか森しかない」
「やかましい!」
ショウは両手に荷物を持ちながら、あえて器用に肩をすめた。短くてもゆるやかなウェーブのかかった髪は風でふわふわ揺れる。
「わかっています。着地を誤ったのも、地図を忘れたのもみんな私の責任です。ご存分にどうぞ」
ショウは心にもないことを言った。下手に反論すると何倍にもなって返ってくる。アスタロトは不満そうに口をとがらせたが、あきらめて足を早めた。真面目に歩かないと本当に日が暮れてしまう。
「お前、人間界は初めてか」
アスタロトがふいに言った。
「もちろん。この研修以外で天使が人間界に降臨するとなると、大天使様レベルでないと許されませんから」
「あんまりはしゃぐなよ」
「はしゃぐ余裕なんてありませんよ。この研修の合格に私の進級がかかっているんです。ここでコケたらにあんなに躍起になって単位をとりまくったのに無駄になってしまいます。城主はきっちり更生させてみせます」
「はー、きっちりとね」
「ええ、人間ごときに手間どったりしませんよ」
ショウは断言した。確かに彼は優秀だった。魔天学院の学生は皆、選び抜かれたエリートだけにプライドが高い。
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