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「お目にかかれて光栄でございます、バンテール伯爵」
厳粛な空気が張りつめていたせいでショウの声は広間に響き渡った。伯爵は値踏みするように一瞥をくれた。
「貴公はシムノン公の弟御の奥方のいとこであらせられる……と」
シムノン公は王国貴族の中でも由緒正しく、王族に近い血緑の持ち主である。当然、伯爵よりも立場が強く位も高い。研修にあたって天使が動きやすいように考慮されたボジションなのだろう。
「はい。左様でございます」
「お二人とも?」
「アスタロトは幼なじみでございます。公より二人で将来のために各地で見聞を広めるよう申し付かって参りました」
「それは重量」
「どうかしばらくの滞在をお許し願いたい」
伯爵はうさん臭そうに二人の来訪者を見つめた。
紹介状は魔天学院が手配しているのでぬかりはない。関係者には軽い記憶操作も施しているはずである。
「分かった。好きにするがいい。ただし、」
伯爵は立ち上がった。
「この城では自分の身は自分で守ってもらいたい。私の周囲は物騒だ」
「わかりました」
ショウのすんなり返事を伯爵は聞きとがめた。
「貴殿、武術の心得はあるのか」
「まあその、我流ですが⋯⋯」
途端にショウは歯切れが悪くなった。平和な天界で大事に育てられてきたショウに、粗暴な武術の心得などあるわけがない。だがいくら人間の姿をしていてもそこは天使、元よりスペックが違う。身を守ることぐらいは何とかなる。その自信が彼にそう言わせたにすぎない。
「貴殿はともかく、そちらの、アスタロト殿もできるのか」
伯爵に名指しされて、アスタロトは控えめに頷いた。研修生はショウであって、監督役が目立つわけにはいかない。一応自覚はある。
「御心配なく。俺のことはこいつが守ります」
「ほう?」
「俺は文官だから剣はもたない」
伯爵は改めてアスタロトの美貌に気付いたようだった。
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