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克己が手を振ると、悪魔はようやく足を速めた。だが克己に近づくにつれ急に真面目な顔付きになった。
「克己」「何?」
克己は無邪気に笑いかけた。だが悪魔の表情は険しいままだ。克己の背後を凝視すると、いきなり言った。
「用事ができた。ちょっと戻る」
「え? なんで、どこ?」
「世話になった」
その言葉を言い終わるが早いか、悪魔の姿は霧のように消えた。
あまりにも一瞬だった。
足元には重箱が残っており、克己は棒立ちのままだった。そしてそれきり待っても待っても悪魔は帰ってこなかったのである。
「……どうしてんだろうなー、太郎。あいつ我儘だからなあ、魔物の世界でちゃんとやってっか不安だなー」
克己はつい愚痴っぽい独り言をつぶやいてしまう。
生きているとは思う。その急な用事に手間取っているのか、もう克己の事なんて忘れてしまったのか。
そもそも情が湧いていたのは克己ばかりで悪魔の本心はわからない。
でも落ちこぼれ故にまたどこかで困った事態に陥っていたら?
克己は悪魔の事を考えると居てもたってもいられない気持ちになる。情がうつったのかもしれないし、束の間の二人暮らしが楽し過ぎたせいかもしれない。あれから気付けば祈ってしまう。
どんなでもいい。とにかくまた来てくれたなら。
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