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「ったく、これだから温室育ちは」
アスタロトはショウを強引に引きずった。
避けた場所に兵士が逃げ込む。伯爵はそこに思い切り剣を突き立てた。
落ちた食器が床で砕け、テーブルクロスがざっくり切れる。兵士は必死で応戦していたが、所詮実力が違いすぎた。態勢を立て直そうとするもつかの間、ついに伯爵の剣が心臓を貫いた。
ズブッという肉を断ち切る音。
絶命した温かい体がショウにぐらりと倒れかかった。
「片付けろ」
伯爵はゴミでも捨てるように言った。そしてショウを支えているアスタロトに一瞥をくれた。
「失礼。不始末をさらすようだが、我が領地ではよくある事。慣れないようなら帰られたほうがいい」
血濡れた剣を持つ伯爵の存在感は圧倒的だった。逆らえばどうなるか知らしめるのにじゅうぶんだった。
「大丈夫だ。何も問題ない」
アスタロトはショウを掴まえたまま返事をした。
「見かけにたがわず気丈な御仁だ」
「いい太刀さばきだった。攻撃が的確だ」
「ずいぶん場慣れしているようだ。まったくただの文官とは思えない」
「あいにくただの文官だ。伯爵の剣の相手にもならない」
アスタロトは顔をしかめた。ショウが体を預けきっているのでとにかく重い。さらに兵士の体からはまだ血が流れ続けていて、ムッとくるような鉄の臭いが鼻につく。
「ご友人は気分が悪いようだ。部屋に戻った方がいい。食事の続きは運ばせる」
伯爵は靴音高く広間を後にした。呪縛が解けたように兵士達からため息が漏れる。アスタロトは気を取り直してショウの肩を叩いた。
「おい、行くぞ、ショウ」
「⋯⋯足が生暖かい⋯⋯」
「はあ?」
ショウは傍らの死体と同じくらい青ざめていた。
「足に⋯⋯皮靴にじわじわと何かが染みてくるんですけど⋯⋯このじわじわって⋯⋯やっぱり血、ですよね⋯⋯」
「そうだろうな、だからさっさと湯浴びに行きたいんだ俺は」
「血⋯⋯信じられない⋯⋯」
ショウはうわ言のように呟いた。アスタロトは痺れを切らし、ショウの手首を掴んで歩き出した。すると今までショウにのしかかっていた死体が支えを失い、ショウの足もとにバタリと倒れた。
「ひっ!」
血塗られた兵士の断末魔の顔と目が合った。頭の奥で火花が飛ぶ。
ショウはそのまま平衡感覚を失い絨毯の上でへたりこんだ。
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