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伯爵はすでに朝食前から出かけていた。遠乗りの鍛錬をかねて城下の視察をする。戻ったらそのまま剣の稽古を行う。城主になってから欠かさない毎朝の習慣らしい。
ショウが伯爵を捜して城内をうろついていると、屋上で剣を交わす音を聞きつけた。
「まったく朝から元気なことだ」
ショウは皮肉を込めて呟いた。石の階段を登ると屋上はすぐだった。気持ち良く開けた屋上からは地上の林檎並木が見下ろせる。林檎の木には白い花が咲きこぼれ可憐な光景だった。ショウの姿を見つけると、伯爵は相手の剣を払い落とし、すばやく勝負をきめた。
「何の用だ」
厳しい声だった。伯爵は勝負の集中を乱されたのが不快だったらしい。汗が朝日に照らされながら雫になって落ちていく。
「おはようございます。私はまず礼拝をして一日の始まりとするのですが、伺いましたところ、こちらには教会がお有りだそうで」
「朝っぱらから神頼みか」
伯爵は乱暴に汗を拭った。
「祈りは自分の行いを反省し、感謝の心を養うのに優れた習慣です。できればご一緒にどうかと思いまして、お誘いに参りました」
「ふん、」
伯爵は鼻の先で笑った。
「私は祈らない。いるのかいないのかもわからないものと対話するほど暇じゃないからな」
「存在の有無はともかく、自分の行動を道徳と良心に問いかける努力は必要ではないでしょうか」
「道徳なんて一部の権力者が大衆を躾けるために作った戯言だろう」
「僧越ながら、こちらの内乱がなかなか静まらないのは、伯爵の人格と関わりがあるのではございませんか」
「ショウ殿」
伯爵は剣を掲げると、一気にショウの喉元に突きつけた。膝下が震えた。
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