2-7 夜

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「怪しげな術を使う⋯⋯。まあいい、客に風邪でもひかれては面倒だ。ついてこい。聞きたいこともある」 アスタロトは、そのまま伯爵の部屋に招かれた。  伯爵の部屋は広くて立派だった。ベッドは五人は寝られるであろう巨大なものだったし、大木を細工した家具も飴色で重厚な逸品である。ただ、この時代に常識的にあるはずの家族の肖像画や、個人的な思い出の品などが一切ない。美しいが潤いに欠ける部屋だった。 アスタロトは毛皮の敷かれたソファーに腰掛け、血のように赤いワインを飲んだ。 「お前たちは変だ」 伯爵は手を組み、おもむろに呟いた。伯爵は武勇に似合わない細くてきれいな指をしている。 「私の噂は王宮でもよく聞こえているはずだろう。何を好き好んで一緒にいたがるのかわからん。ショウ殿に至ってはやたらとついて回るし」 「あいつは熱心なモラリストだから、伯爵に品行方正な人徳者になってもらいたいんだろう」 「なぜ私なんだ」 「さあ、とりわけ極悪だからじゃないのか」  アスタロトは率直に言った。遠慮のなさに開いた口が塞がらない。驚きが強すぎると、腹が立つのを通り越すのかもしれない。 「お前、何者なんだ」 「ごく平凡な外遊中の文官です」 「平凡ねえ……」 伯爵はアスクロトの顔をまじまじと見つめた。  平凡からは程違い顔立ちだった。きめ細やかな肌。長く濃い睫。紫がかった黒い大きな瞳。まっすぐ通った鼻筋に小さな唇。どのパーツも嫌味なほどよくできている。アスタロトを見かけた者が見惚れて立ち止まるのも無理はなかった。無骨な伯爵ですら、手を触れずにずっと眺めていたい気持ちにかられるほどなのだ。 「これほどの器量なら、王宮で噂になりそうなのに、少なくとも社交界で一度も出会ったことがない」 「ああいうランチキ騒ぎは気が乗らないんで参加してない。着飾ってくだらないお喋りをするより文献でも読んでいたほうが遥かに有意義だ。とにかく容姿のことでどうのこうの言われるのは嫌いなんだ」  アスタロトは伯爵に当て付けるように言った。変わらずの口ぶりに伯爵は怒る気も失せていた。
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