2-8 駆け引き

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2-8 駆け引き

 バンテール伯爵家は、先々代の祖父の軍功により興った武門の家である。  その当時はまだ国内の領地がはっきり区分しておらず、さらに先住民との抗争が耐えない戦乱期だった。祖父は弓の名手で次々と敵を討ち取り、その功で領主となった。    だが二代目、つまり伯爵の父は知で土地を統べようとした。武力より政治力を重視する方針に切り替えたのである。彼は争いを好まなかった。信心深い母親に付きっきりで育てられていたからだ。  伯爵の父は爵位を継ぐと早速、城の中に立派な教会を建てた。  それは母の願いでもあり、彼女と同様、どっぷり信仰に浸かった彼にとっても念願だった。  領民にも礼拝を義務づけた。彼は血を流すことを極端に嫌い、すべて外交で収めようとした。近隣諸国の貴族をまねいては同盟を結び、豪勢にもてなす。彼が母親と教育係に学んだ良識によればそれで政策はうまく行くはずだった。  しかし、彼は悲しいほどに世間知らずだった。  聖人のような生活を強制された領民は、窮屈さに不満を抱いた。そこにきて連日の外交である。  接待は親交に必要な手段だったが、その豪華さは生活に困窮する領民の反感を買った。領地では毎年冬に餓死者が出る。贅を尽くした宴会の噂は、飢えている領民の憎しみを煽った。  彼がきらびやかな教会に足しげく通うほど、軍備は手薄になった。彼は戦を嫌うあまり、意識的に最小限の軍事ですら放り出していた。  そのツケが回ってきたのは、意外なほど早かった。  信頼を置いて権力を預けていた叔父が家臣の大部分を抱き込み、反逆したのだ。伯爵の父は剣で心臓を刺し抜かれ森にさらされた。  伯爵をとりまく状況は一瞬にして闇に堕ちた。  夫の死を目の前で目撃した母親は喉が潰れるまで泣き、一緒に牢につながれた伯爵は父の死よりも自分の運命に恐怖した。  数日後に母が処刑され、伯爵は看守の足音が響くたび戦慄した。次は自分の番だ。だが、彼はまだ子供だったため処刑をまぬがれた。  
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