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「今日、私が勝ったら、一つお願いがございます」
「なんだ」
ショウは鋭く突いた。伯爵の喉元で風が唸る。
「今日の遠乗りで行ってみたい場所がございます。ぜひご一緒に」
「いいだろう」
「では」
ショウは伯爵の了承を待っていたかのように、攻撃のスピードを上げた。
「墓まいりに行きましょう」
伯爵は露骨にムッとしてショウを睨んだ。伯爵のトパーズのような瞳は、日に透けると金色になる。
「死人に用なんてない」
「行くのが嫌なら私を倒して下さい」
ショウは強気で言うと、するりと伯爵の剣をかわした。
伯爵は固く口を結んで猛攻を仕掛けた。危険を感じたショウは呪文を唱えて剣を弾き飛ばした。
伯爵の剣が地面に転がる。負けが決まり、兵士達からため息が漏れた。二度目の勝ちはまぐれではない。彼らにとって山が動いたような感動である。
「約束ですよ」
ショウは剣を収めた。伯爵は苛立ちを隠そうともしなかった。
「昨日までは確かに初心者だったのに⋯⋯まるで魔法だ」
ショウはぎくりとした。だが、ささやかながら優位に立っている自信で、無表情を保つことに成功した。
二人は約束通り、墓地に出向いた。広々とした草地に石が並べられただけの殺風景な墓だったが、それがこの地方の習慣らしかった。伯爵家の墓石ですら名前を掘っただけのシンプルなものだ。
よし、いくぞ。
ショウは頭の中に描いたシナリオを確認しつつ切り出した。
「伯爵、墓参りは久しぶりですか」
ショウの問いかけに伯爵は答えなかった。賭に負けたから義理で付き合っているだけで、肉親の墓に一瞥もくれない。
しかしショウには作戦があった。常套手段だが、伯爵の恐怖心に訴えてみようと思ったのである。
「ああっ! あれはなんだろう」
伯爵はショウのわざとらしい声に一応顔を上げた。ショウはその瞬間を見計らって、墓に触れた。
ぼんやりと墓石が光る。青白い男の顔が浮かびあがった。
普通に魔力があればもっと豪勢に天変地異を起こしたり、実体感のある幻をだしたりできるのだが、封印がきいているのでささやかに幽霊を呼び出すくらいしかできない。
それでも死人の姿は脅威だろう。殺された伯爵の父親の頭が中空に浮かんだ。
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