命は尊きもの

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 再び学校に戻る前日、光は家に戻ってきた。懐かしい光景だ。また戻ってくるとは。 「帰ってきたんだね」  家の前には、秋本と川島がいる。だが、光は怖がらない。2人とも謝っている。 「ごめんね、突然いなくなって」  光は頭を下げた。2人はそんな光をじっと見ている。 「いいんだよ。明日からまた学校に行くんだろ?」 「うん」  突然、後ろから老人がやって来た。老人は何やら真剣な表情で、何かを伝えようと思っているようだ。 「お父ちゃんやお母ちゃんから授かった命、大事にするんだぞ!」  老人の声に、光は驚いた。光はその老人に会った事がなかった。近くに住んでいるんだろうか? 「えっ・・・、どなたですか?」 「わしの名は、宮村小太郎(みやむらこたろう)。あの特攻隊員の一番下の弟だ」  その名前を聞いて、光は八郎の事を思い出した。まさか、あの神風特攻隊の弟とは。こんな場所で、こんな人に会えるとは。 「えっ、まさか、あの宮村八郎さんの?」 「ああ。八郎兄ちゃんは本当は逝きたくなかったんだ。なのに、国の命令で逝ってしまったんだ。あの時は、命が大切に扱われていなかった。今は大切に扱われている。なのに、どうしてお前は死のうと思ったんだ」  小太郎は怒っている。どうして自殺なんてしようとしたんだ。昔に比べたら、遥に命が大切にされている。なのに、どうして自ら命を絶とうとするんだ。 「ごめんなさい・・・」 「いいんだよ。これから悔いのないように生きなさい。19歳しか生きられなかった八郎兄ちゃんの分もな」  光の表情を見て、小太郎は光の頭を撫でた。今さっきの怖い表情は嘘のようだ。 「はい・・・」  光は泣きそうになった。だが、泣かずに前に進んでいこう。 「これからの人生、頑張って生きろよ!」 「うん・・・」  小太郎の話を聞いて、慎太郎も命は尊いものだと改めて思い始めてきた。だからこそ、精一杯生きなければならない。 「命って、尊いものだと思わないかい?」 「うん。今、こうして平和に生きている事だけでも、奇跡なのに、どうして自ら命を絶とうとしているんだろうって。八郎さん、本当は死にたくなかったのに、国のために死んでいった。なのに、どうして自分が自ら命を絶とうとしていたんだろうって」  光は自殺をしようとした自分を反省した。自殺なんて、やってはいけない事だし、何しろみんなに迷惑をかける。 「いいかい。1人の人の命は、この地球よりも重いんだよ。大事にしなさい」 「はい」  小太郎の言葉を胸に、光は家に入っていった。小太郎はじっとその様子を見ている。その後姿を見ていると、なぜか八郎に見えてくる。どうしてだろう。  その夜、光は夢を見た。そこは雲の上だ。その下には薩摩半島や大隅半島が見える。ここは天国だろうか? どうして天国にいる夢を見ているんだろう。  光の目の前には、八郎がいる。天国にいる夢の中で、再び再会するとは。 「八郎さん?」 「光か。辛かっただろうな。だけど、お兄ちゃん、応援してるぞ。俺が生きられなかった分、生きてくれよ。そして、人生を全うしたら、会いに来いよ」  八郎は光の肩を叩いた。平和な日々に生きる光に期待を寄せているようだ。平和な日々に生きられなかった人々のためにも、自分が平和に生きなければ。 「うん!」  光は元気に答えた。八郎は笑みを浮かべている。すっかり立ち直ってくれた。これからは安心して天国から見守れる。 「俺、その時まで天国で待ってるからな」 「わかった!」  光は目が覚めた。もう朝だ。今日からまた中学校だ。元気に中学校生活を楽しもう。 「あれ?」  光は外から聞こえる飛行機の音に反応した。カーテンを開け、空を見上げると、飛行機が飛んでいる。 「飛行機?」  それを見て、光は戦闘機を思い出した。こんな風に、神風特攻隊は出撃していったんだろうか? 「八郎兄ちゃん・・・」  空には雲も見える。あの雲の上に、八郎がいるんだろうか? そして、平和な世界を見守っているんだろうか? 「俺、八郎兄ちゃんが生きられなかった分、一生懸命生きるよ。見ていてね!」  八郎に誓うと、光は1階に向かった。久々にここで食べる朝食だ。また日常の光景が戻ってきた。 「おはよう。って、ど、どうしたの?」  だが、2人とも暗い表情だ。今日からまた一緒に朝食なのに、どうして暗いんだろう。何かあったんだろうか? 「小太郎さん、亡くなったんだって」  光は驚いた。昨日、話しかけてきた小太郎が亡くなったなんて。信じられない。 「そんな・・・」 「老衰だったらしいよ」  話によると、今朝、眠るように息を引き取ったという。まるで、自分の人生を全うしたかのようだ。きっと、八郎の分も生きたんだろうな。 「そうか・・・」  2人は天井を見た。天井のずっと上には雲があり、天国がある。小太郎は今、そこにいるんだろうか? 「今頃、天国の八郎さんと再会してるだろうな」 「そうであってほしいね」  いつの間にか、光も天井を見た。そこには八郎もいる。きっと、再会できて、抱き合っているだろうな。そして、戦後の日本でこんな事があったのを八郎に伝えているだろうな。  その頃、天国では八郎と小太郎が空から鹿児島を見ている。戦争が終わって何十年も経ち、鹿児島は変わってしまった。だけど、命の尊さ、重さは変わっていない。それに彼らは気づいているんだろうか? 「光くん・・・」 「お兄ちゃん、これからの人生に期待しようよ」  ふと、八郎は考えた。博物館にもなっている神風特攻隊の事を、彼らはどう思っているんだろう。勝てなかったのに敵艦に突入して死んでいった。無謀な事だと思っているんだろうか? それとも、勇気ある決断だと思っているんだろうか? 「平和な日々を送っている人々、特攻隊の事をどう思っているんだろう」 「現代の人々って、命って尊いものだと気づいているんでしょうか?」  小太郎は光の事を考えた。自殺する人々は、命を何だと思っているんだろう。命は尊く、重いものだと気づいているんだろうか? 「気づいてほしいね。命って尊いものって」  八郎は少し考えた。光と出会った事で、改めて考えるようになった。僕らには伝えられないけれど、わかってほしいな。  8月15日、光と両親はテレビで戦没者追悼式を見ている。今年も多くの人々が来ている。いつもは夏の甲子園を見ながら追悼するが、今年はこれを見ながら追悼しよう。 「今日は終戦記念日なんだね」 「みんな来てるね」  ふと、光は考えた。命は大切で、尊いものなのに、どうして戦争なんてするんだろう。戦争で得られるものって、何もないんじゃないだろうか? 「命って、尊いものだね。なのに、どうしてこんな事をしたんだろう」  慎太郎は神風特攻隊の事を思い浮かべた。この選択は正しかったんだろうか? 敵艦に突入すると言っても、確率が少ないのに。 「国のためだとはいえ、辛いよね」 「自分だったら、耐えられない」  慎太郎も光の言葉に同感だ。自分が特攻隊なら、とても耐えられず、逃げていただろう。一度きりの人生、大切にしたいのに。国のために命を犠牲にするなんて、できない。 「父さんもだよ」 「今、平和であることがどれだけ幸せか、生きている事がどれだけ幸せか、八郎さんは教えてくれたんだ。きっと空から見てるだろうよ」  その時、トンビの鳴き声がした。その声を聞いて、光は外に出た。家の前の電柱には、トンビがいる。 「あっ、鳥・・・」  トンビを見て、光は八郎の遺書を思い出した。あそこにいるトンビは、八郎の生まれ変わりだろうか? 光の様子を見に来たんだろうか? 「えっ、どうしたの?」 「何でもないよ・・・」  光は笑みを浮かべた。あの夢の事は、秘密にしておこう。  そして正午になった。1945年の8月15日、正午の玉音放送により、戦争は終わった。そして、そこから戦後は続いている。戦後を生きている人々は、命をどう思っているんだろう。太平洋戦争末期、この鹿児島から神風特攻隊が海に散っていった。平和な日々を生きる人々は、彼らの事をどう思っているんだろうか?
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