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そよ風が吹いた。さざ波を打つ雲の上に、三つの影が浮かび上がる。
「時間だ。準備は良いか?」
赤い法衣を身に纏い、逆立てた髪を燃やす右側の男、晴神が訊いた。
「とっくに済んでるわよ」
白いアフロヘアーを揺らしながら、左側の女、曇神は淡々と返した。
「僕も大丈夫だよ」
晴神と曇神が隣を見た。二人に挟まれ、小柄な体を半透明に透けさせる少年、雨神が膝を抱えている。
晴神に曇神に雨神――空を根城にし、天気を操る神様達だった。
雨神は手にしたスマホに見入っている。
「雨神は気が早いな……俺らも」
「さっさとやるわよ」
晴神と曇神はスマホを取り出した。
「スマホ起動」
合言葉に反応し、各々のスマホが光を帯びる。
「準備は整った」
晴神が胡座をかき、
「面倒くさいわねぇ」
曇神が雲でできたソファーに身を沈めた。晴神が深呼吸をする。
「これより、毎月恒例のエゴサを始める」
晴神がスマホをなぞった。液晶画面に無数の吹き出しマークが表示される。地上で暮らす人間達が書き込んだ、天気に対するコメントだった。文頭には評価の星が添えられており、五つ星が最高点で、一つ星は最低点を意味していた。
「ふむ……『五つ星。晴れは最高! 家族との遊園地を楽しめました』『四つ星、晴れてるから、富士山がよく見えるぞ!』か、よしよし」
文字を目で追い、晴神は満足気に頷く。
「何よこれ? 『二つ星。曇って何か気分下がる』『一つ星。せっかくの海なのに、曇のせいで日焼けできない』って」
曇神は身を起こした。
「文句ばっかり! 私がどれだけ苦労してると思って……あら、『五つ星。妻と神社へお詣りに行きました。曇っていたおかげで、涼しくて快適でした』ですって、分かれば良いのよ」
曇神はニヤけながら横になる。
「どの地域も評価が高い。何も問題はなさそうだな」
晴神は腕を組み、
「そっちはどうだ?」
雨神を見た。雨神は押し黙ったまま、スマホに目が釘付けになっている。
「聞いてるのか雨神?」
晴神に歩み寄られ、ようやく雨神は顔を上げた。
「えっ、何?」
雨神は慌ててスマホを胸に抱く。
「何? じゃなくてだな」
晴神が眉根を寄せる。
「レビューを見てたんだろ? 雨神に対して、人間達は何て言ってるんだ?」
「今読み始めたばっかだから、邪魔しないでよ」
雨神はそっぽを向いた。雨神の態度に、晴神は戸惑う。
「なぁ、曇神」
雨神から離れた晴神は、曇神に顔を寄せた。
「ちかっ、急に何? 気持ち悪い」
表情を歪める曇神に、晴神は口元に人差し指を立てた。
「声が大きいぞ、聞かれたらまずい」
「一体何なの?」
つられて曇神も小声になる。
「雨神のやつ、元気がないぞ」
「気のせいじゃない?」
「いや、見てみろ」
晴神と曇神が雨神を見た。小さな肩は震え、透明の背中に波紋が広がっていた。
「泣いてるのか?」
「もしかして……あれが原因?」
「あれって何だ?」
「レビューよ」
曇神がスマホをチラつかせた。
「雨神のレビュー、今回も悪かったんじゃない?」
晴神が苦笑する。
「ああ、なるほどな」
「見てみる?」
曇神の提案に、晴神がのけ反った。
「勝手に見たらまずいだろ」
「でも、気にならない?」
曇神が即座に切り返す。
「それにさ、誰でも見れるからレビューなんじゃないの?」
「……たしかに」
晴神はスマホに指を滑らした。レビュー範囲を『雨』に絞り込む。画面が切り替わった。
「これは」
晴神が目を見張り、
「うそでしょ……?」
曇神が口元を覆った。
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