口付け

8/10
前へ
/12ページ
次へ
その日から先生は病室に来る度に、優しい口付けをしてくれるようになった。 ただ、私の容体は日に日に悪化していった。 「僕が居るから…」  「あり…がとう」 私達は毎日、この言葉を繰り返した。 私の世界はこの病室だけで、先生が世界の全てになっていった。 両親が来るより、先生が来る事を願った。 早く来てほしい…。 1分1秒でも長くあなたの側に居られたなら、それだけでいい。 力の入らなくなった身体を起こして髪を整える。 お化粧は出来なくても、少しでも綺麗な自分でいたい。 初恋の相手に会うような気分で、髪を梳かした。 先生の来ない時間は、エンディングノートに向き合った。 だんだんと迫り来る生命の期限を感じエンディングノートにとしていた大学ノートには、預貯金等の事や葬儀の事。 お墓は実家に入りたい事など遺書を書いて、葬儀は両親の手でお願いしたい事。 最後には両親に感謝の気持ちを綴った。 私の少ない財産なんかあてにしてないだろうけれど、主人の事は1行も書かなかった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加