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不思議な雨音のする、不思議な屋敷。
雨よ、降れ降れ。
雨乞いのように唱えるようになってから幾度目かの『帰宅』。
──おかえり。
──お帰り。
不思議な聲が出迎える。
はじめてのはずなのに、どこか懐かしい屋敷を歩き、庭の美しさに見惚れ、二階から見下ろす水面の下の庭を見て「ただいま」という。
──かすのかい?
──かすのかい?
今日は静かだ。
「かす?」
──今日は主さまがいらっしゃる日だ。
──嫁入りにはよき日だぞ。
雨と水面を見るために開けていた襖。
灰色の空が黒くなり、雷光と共にナニかが水面に落ちた。二階の外廊下に水が溢れる。
「黒い、龍……」
──今日は善き日だ。
『もう、人間の嫁はとらないといったのだがなぁ』
優しい聲。
金色の瞳と紫がかった黒の髪。
平安のような装束の大男が外廊下に立っていた。
「ひぇっ」
『……人間、迷い子か?』
視線をあわせて問いかける。
「迷い子、ではないんですけど」
なんと言えばいいのか判らない。
じぃっと見つめる金色の瞳から目が離せない。
『うむ、なるほど。望むのなら、叶えよう』
「え……」
『これでも一応神だ。願いがあれば聞きとげる。それに、屋敷のモノたちが最近楽しそうにしていたのはお前のおかげのようだしなぁ』
ゆるりと目を細めて笑う男。
「願いは、この屋敷にまた来れること、ですけど」
『……そんなことでいいのか?』
「はい。この屋敷は俺にとってとても大切です」
ひとしきり笑った男が目元を拭いながら『面白い』という。
『面白いなぁ。人間がこの屋敷を必要とするか。良いぞ、いくらでも来なさい』
気づけば雨があがり、日差しがでているのに気付き、少しだけ寂しく思う。
「ありがとう、ございます」
雨よ降れ。
そう、願う。
『人間、名前を聞いてもいいか』
シトシトと雨がまた降り始めた。
──名を教えるのか。
──覚悟はあるか。
聲たちがさざめき、目の前の男は悠然と笑うが嫌な気配はない。
「天月雫(あまつきしずく)。アンタの名前は?」
これで人間をやめることになっても問題もない。
『……そうだな今は、雨(あめ)と名乗ろう。雫が我の名を聞き取れるようになるまでは』
今まで聞いたことのない雨音が響く。
「雨よ降れ、はアンタを呼ぶようだな」
『あぁ、そう思っていいぞ』
“雨”に囚われたのは、いつからか──。
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