炎火

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炎に照らされた影から突然姿を見せた黒い獣に、頭数だけのその場を取り繕った部隊はすぐに乱され、黒曜の攻撃を容易にさせた。 狼より大きくも俊敏な動きが影から影に移り、一人づつ確実に息の根を止めていく。 足元に伸びる己の影から突如現れた黒い獣に気付いた時には、その牙は喉笛を噛みちぎっている。 そして周りがその存在に気付き刀を向けた折には、再び影の中へと消えたその姿を捉える事すら出来なかった。 その獣が影の中から現れると理解したところで、数ある影のどれから飛び出て来るのか分からない。 それは混乱を招き「化け物だ」「妖だ」と、散り散りに逃げ惑う雑兵を仕留めるのは、後は狼の群れだけで充分だった。 逃げ惑う姿すら無くなり、黒曜は燃え続ける炎を見据えた。 人間の兵を片付ける事は出来ても、炎を止めることは自分には出来ない。 そればかりは琥珀の力に頼らざるを得ないのだ。 これだけの炎を鎮めるのにどれだけの霊力が必要か……そう思うと黒曜の顔が歪んだ。 すると何かが破裂した様な音が耳を裂き、立っていられない程の突風が頭上から吹き付けた。黒曜は思わず地面に膝をつき、土まで抉り、周りの葉や枝と共に巻いあげる強い風に瞼を閉じた。 息を吸う事すら儘ならない。 しかしほんの一時で風は治まり 「すまねぇ、すまねぇ」 聞き慣れた声がまだ違和感の残る耳に届いた。 顔を上げると身体の数倍はあると思われる漆黒の羽を広げたままの紫黒がニヤニヤ笑いながら立っている。 「久々で加減を間違えた」 差し出された手を借り立ち上がると、今まで途方に暮れる程広がっていたこの辺りの炎が消えている。 さすが……としか言いようが無い力量の差に黒曜は溜息を吐いた。 しかし、紫黒が起こした突風が当たった所は土が捲れ、まだ燃えていなかった木さえ根元から折れている。 それにもまた溜息を吐き 「さすが紫黒様です」 そう言って苦笑いした。 そして不意に何かを思い出した様に、紫黒が吹き飛ばした辺りを見回し始めた。 「……どうした?」 怪訝そうな紫黒の顔に視線を向け、しかしすぐにまた辺りを見回すと、今度は微かに顔を持ち上げ“スンスン”と匂いを嗅いでいるような素振りを見せ始めた。 「……おい………何してる?」 返事をしない黒曜に幾らかイラついた様にもう一度声を掛けると 「…………いえ……一人の男の着物から、屋敷にいた“あの男”の匂いがしたんですが………噛みちぎった肌からは別の匂いがしたもので……」 大して気にとめる様子もなく黒曜はまだ辺りを見回しながら答えた。 後で確かめようと思っていたが、紫黒が起こした風のせいで死体も何処かへ飛ばされたらしく見当たらない。 匂いを追おうにも“あの男”の匂いは既に無く、噛み殺した男の匂いもハッキリとは覚えていなかった。 「…………なんだそりゃ……」 意味がわからない……と言いたそうに紫黒は眉を顰めた。 「実はさっきも…………」 ここに来る前にも同じ様な事があった。 殺した男の着物から“あの男の匂い”が間違いなくしていた。 言葉を濁した黒曜の視線の先が、離れた場所で燃えていた炎が突然消えるのを捉えた。 「………琥珀の元へ行きます」 そう言い残すと、黒曜は影の中へ姿を消した。
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