炎火

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目の前の光景に幸成は息を飲んだ。 蛍と蒼玉を庇う様に立ち開る翡翠の前に、太刀を手に立っている背中が、顔を見なくても誰のものか分かる。 幼い頃から見続けてきた、実の弟を当然のように犯し『自分のモノになれ』そう囁き続けた男……。 「……兄上…………何故ここに…………」 そしてその顔が幸成へ向けられると、不図笑った。 「……その血はどうした?」 「───これは……」 着物の袖と幸成の手に残っている琥珀の血のことだと気付き、思わず目を逸らした。 「いよいよ真神を刺したか……?」 成一郎の穏やかな声に、幸成の喉がゴクリと音を立てた。 「良くやったではないか……。元々その為に来たのだろう?」 「───兄上ッ!」 「どうした?本当のことだろう?……お前は大口真神…………“琥珀”と言ったか?……その男を殺す為にここに来たのではないか」 違うッ!───そう叫びたいのに、声が喉から出てこなかった。 成一郎の言う通りだ。何も違ってなどいない。 ───琥珀を……大口真神を殺す為に俺はあの夜………… 「──黙れッ!嘘つくなッ!!」 言い返すことが出来ないでいる幸成の代わりに、翡翠の声が叫んだ。 「幸成がそんなことする訳ねぇだろッッ!」 怒りからか耳と尾を隠しきれなくなった小さな身体が、成一郎へ牙を剥いている。 「…………随分手懐けたな……。お前らしい……」 幸成を見据えていた眼差しが、侮蔑する見下したモノへと変わった。 「……本当の事を教えてやったらどうだ?お前達が慕っている男は、父親替わりの真神を殺しに来たのだと………今までの姿は……全て偽りだと……」 「──違うッ!」 幸成の声が響いた。 「偽りなどではないッ!」 「何が違う?……お前は何の為にここへ来たのだ?女の形までして……」 「…………それは……」 ───俺は………………琥珀を………… 俯いたままの瞳が、琥珀の血で紅く染まった手を見つめた。 言い返したいのに、それすら出来ない。 幾度も肌を重ね、愛してると囁いた。 それは嘘では無い。 心から愛していると言える………… ───それなのに………… 「現に……刺したのだろう?“琥珀”の胸を」 ───そうだ…………俺は……この手で………… 「──やめろッ!幸成をいじめるなッ!」 その声に、我に返る様に幸成の身体がビクッと震えた。 先程琥珀を刺した時の様に、目の前が見えなくなっていた。 そしてハッキリとした意識の中、目の前で翡翠の身体が成一郎へ飛び掛った。 「───翡翠ッ!」 幸成が叫ぶのと同時に成一郎の手が翡翠を振り払い、一抹の躊躇いさえ見せずに翡翠の目の前で刀が振り上げられた。
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