炎火

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澄んだ朝暉(ちょうき)に目を細めると、成一郎は徐に立ち上がり、それ以上何も言う気配の無い琥珀の前で腰の太刀を抜いた。 「いい心掛けだ。──だが……楽に死ねると思うなよ……?」 奥に狂気を隠した瞳が嬉々として笑い、太刀の刃が首元に当てられた。 しかし当てられただけの冷たい刃が、赤黒く染まった着物の上をゆっくりと滑り、鳩尾の辺りで止まった。 「………お前の殺し方を……わざわざ教えに来た者に感謝せねばならんな」 機嫌の良さそうな声が耳元で囁くのと同時に、下から心臓に向けて、刀身が一気に突き刺された。 背中を突き破り覗く刃の先が、紅く染まっている。 「────ッッ!………………」 痛みで歪む琥珀の顔から視線を逸らすことなく、心臓を貫いたまま腹を切り開く様に刀身を動かすと、成一郎はそれを呆気なく腹から抜いた。 広げられた傷口から、今までとは比べ物にならない程の血が溢れ、その幾つかが成一郎の身体を染めた。 「───これでもお前は死なんのだろう?……神とは恐ろしいな……?」 乾いた咳の様な音と共に、琥珀の口からも溢れ出した血が、乾き出したどす黒い紅を鮮やかに染め直していく。 成一郎はその様子に(まなこ)を見開くと、誰かの馬鹿げた失態でも見つけたように、クスクスと愉しげに笑った。 「…………己で命を絶つことも出来ず……終わりも見えない程長く生きる神とは…………人より余程“生”に執着しているとは思わんか?──そのくせ…………簡単に人の命を奪う…………」 奥に隠れていた狂気がその瞳を染めるように濃くなり、出来たばかりの開かれた傷口へ刀を持っていない方の手が触れた。 「…身勝手で…………人より遥かに人間臭いと思わんか……?」 傷口をなぞり、血で染った指が湿った音を立てその中へ入っていく。 まるでその痛みが肌を通して感じられるかのように陶酔した成一郎の指が、ゆっくりとそれを楽しむように何かを探して蠢いた。 耳を覆いたくなるような湿った音が、皮膚を破く音を伴い、やがて成一郎の左手を琥珀の胸が呑み込んだ。 獣が生きたままの餌を喰らう時のような、生々しい濡れた音が痛みに変わり、地が揺れるような感覚が力を奪う。 しかし琥珀は残る力を立つ脚に込め、霞んでいく視界で幸成を見詰めた。 もし自分が倒れたことで、それを幸成が動いたと判断したら……。 そう思うだけで恐くなった。 あの細い首に突き刺さる刀を 飛沫(しぶき)のように溢れる血を 想像するだけで恐い……。 すると胸の中で遊ぶように蠢いていた成一郎の手がぐにゃりとひとつの臓物を掴んだ。
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