炎火

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「………琥珀から手を離せ……」 今まで感じたことも無い程の憎悪を放つ眼差しが成一郎に向けられている。 本気で相手を殺そうとしている眼だ。 ガクりと力が抜け琥珀の身体の中から成一郎の何も握られていない手がズルリと抜け落ちた。 まさかまだ動く気力が幸成に残っていようなどと思いもしていなかった。 まさか浅い眠りの檻の中から抜け出してこようなどとは……。 あれだけの傷を負い、ギリギリの淵で生かしているだけの筈だった。 「………………何故……だ…………」 ───何がそうまでさせる………… 共に生きようと 幸成の全てを守ろうと決めていた。 何がいけなかったのか 何処で間違えたのか 手放したからか 邪な想いを抱いたからか 何故………… 俺から全て取り上げる 何故………… ───何故──俺を裏切る─── 倒れそうになる身体を気力だけで持ち堪えると、成一郎は幸成の身体を押し離し太刀を握る手に力を込めた。 「───お前を…………離しはしない……」 成一郎の声にはもならない言葉が耳に届き 「───幸成ッッ!!」 琥珀が叫ぶのと、刀が振り上げられるのが重なり、その刀が幸成に振り下ろされるのと同時に成一郎の首が空に飛んだ。 紅く染まった視界の向こうで、幸成の身体が崩れていくのが見える。 そして飛び散る血が、成一郎のものなのか、幸成のものなのか……全てがほんの一瞬の出来事だった。 「───幸成ッ!幸成ッッ!」 崩れ落ちる様に倒れた幸成の身体を、琥珀は抱き起こし胸に抱いた。 「幸成ッ!……」 今まで何度も『死に往く者』を見てきた。 光を宿さなくなった瞳 聞こえなくなる鼓動 熱を持たなくなる肌………… 「───幸成!目を開けろッ!──幸成ッ!!」 それでもなんの反応も示さない身体が、息をすることすらやめてしまっている。 毎夜の様に甘く吐かれていた吐息も、くすぐる様に囁いていた声も、今は露ほども感じられない。 「…………頼む……幸成……息を…………」 紅とも琥珀ともつかない瞳に、涙が浮かんだ。 生まれて初めて恐怖で身体が震えた。 あの笑顔が、照れて紅く染まる肌が、声が、温かな指が………… 全て消えてなくなるのだと、初めて理解った。 琥珀は自分の舌に思い切り牙を立てると、幸成の薄く開かれたまま動くことの無くなった唇に口付けた。 血で紅く滲んだ唾液が幸成の口から溢れ紅く染める。 「……頼む幸成…………飲んでくれ…………頼むから…………」 掠れた声が縋るように震えている。 「…………頼む…………もう一度………………オレの名を……呼んでくれ…………」 口付ける度に紅く染まる唇に、何度も琥珀は口付け続けた。
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