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急いで蒼玉を湯槽からあげると、幸成も濡れたままの身体の上から浴衣を羽織った。
泣くつもりなど無かったのに、堪えきれず溢れてしまった。
名前を呼んだ声が愛しくて、自分を誤魔化さなければ琥珀の胸にしがみ付き泣き出してしまいそうだった。
抱いてもらえない辛さを、触れてさえもらえないもどかしさを、琥珀にぶつけてしまいそうだったのだ。
翡翠を追いかけると、案の定いつも琥珀と紫黒が酒を飲んでいる座敷の襖が開け放たれていて、中から翡翠の怒鳴り声が聞こえてきた。
「──なんで急に幸成に冷たくすんだよッ!前はあんなにベタベタしてたくせにさぁッ!」
髪も身体も濡れたまま裸の翡翠が頬を紅く高揚させて琥珀に怒鳴っている。
「琥珀がそんななら、幸成はおれが守るからなッ!!」
「───翡翠ッ!」
幸成が後ろから自分の半分程しかない小さな身体を抱きしめた。
自分より遥かに小さな翡翠が必死で守ろうとしてくれているのだと解る。
しかしそれでも自分のせいで琥珀を責めて欲しくなかった。
「───おれなら幸成を泣かせたりしないッ!」
怒りのままにそう吐き捨て、それでもまだ静まらない荒い呼吸が肩を揺らしている。
「…………だとよ……琥珀。翡翠に幸成をくれてやるか?」
紫黒が意地悪くそう言ってニヤリと笑った。
それにもまた面白くなさそうに翡翠の目が紫黒へ向けられると、琥珀が小さな溜息を吐いた。
「……意気地がねぇのはオレだけか……」
半透明の盃を静かに置くと、真剣な眼差しが翡翠を見つめた。
「お前にまで心配をさせて悪かった……。けど……いくらお前でも…………幸成はやれねぇ」
夕方の気紛れな雨をいつの間にか静寂が取って変わり、穏やかにそう言った琥珀の息遣いさえ幸成の耳に届けた。
そして何処か奥に熱を孕んだ静かな琥珀色の瞳が幸成へ向けられた。
「今更と思うかもしれねぇが……お前と………ちゃんと話がしたい……」
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