永遠に

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「俺は…………確かに以前の記憶はありません……。でも、今日……川で瑠璃殿に『琥珀さまと子の話はしないのか』と聞かれました」 酒を飲んだせいか、ほんのりと紅く染まった頬が少しだけ俯き、その口から紡がれる澄んだ声に琥珀の瞳が淡く揺れた。 「……翡翠達と共に寝るようになった時も……三人に……何故あなたと寝ないのかと……何度も聞かれました……」 そう言うと、手に持っていた盃の酒を一息で喉の奥に落とし、溜息にも似た吐息が口から漏れた。 琥珀に伝えたい言葉はたくさんあるのに、それが上手く口から出ないことがもどかしく感じる。 「確かに俺には記憶は無いけど…………皆が……俺に“記憶”をくれます。だから……きっと眷属になる前は、琥珀……に……どんなに大切にしてもらってたのか…………ちゃんと知ってます」 ───こんなにも…………怖がりだ…………だから─── 「…………それに俺の───」 不意に上げられた顔が、先程よりはっきりと頬の紅を濃くして琥珀を見つめた。 「身体が───身体の奥が……あなたがどれ程愛してくれていたか…………ちゃんと覚えています」 耳まで紅く染め、それでいて今にも泣きそうにも見える顔が、精一杯琥珀の言葉に応えようとしている。 半年もの間、突き放し、向き合うことすらしなかった自分に、必死で伝えようとしているのだ。 「琥珀と……あなたと会う前に、そんな相手がいたのか……今となっては分かりません……。でも、俺は────こんなに愛しい想いが、あなたに与えられた血のせいだとは思わない」 「………………幸成…………」 「この想いを…………創られたものみたいに…………思いたくない」 痛々しい程の幸成の想いが、声になって溢れ出した。 あの、泣き顔にすら思えた琥珀の顔を見てから、幸成にとって決して短くは無い時間、辛くなかったと言えば嘘になる。 触れてもらえないことにも、どこかよそよそしい態度にも……。 けれどそれとは比にならない程、側にいられるだけで幸せだと思えた。 共に食事を作り、翡翠達とじゃれ合う笑顔を見る……それだけでいいとさえ思っていた。 その想いを解って欲しかったのだ。 身体の中に注ぎ込まれた血が縛り付けているだけでは無い。 自分がそうしたいから側にいるのだと。 「…………すまなかった……」 その声と重なるように琥珀の腕が幸成の細い肩を抱き寄せ、その拍子に手にしていた盃が畳の上で微かな音を立てた。
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