永遠に

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───え……………… 思わず幸成の顔も不安に歪む。 そして胸に当てられていた手が、少しづつ下へ降りていくのだ。 「……え…………あの…………」 そして両手で帯を解くと、顕になった褌で隠されただけの摩羅の少し上を触りだした。 今まで何度か瑠璃に視てもらったことはあるが、こんな事は初めてだ。 それが妙に不安にさせる。 「……あの……瑠璃殿…………俺……何か……」 集中している為にその声が耳に入らないのか、瑠璃は「……ん〜……」とか「ふむふむ」などとやっている。 その間ももちろん手は下腹部を少しづつ動いている。 ───俺………………もしかして、悪い病気なんじゃ………… 不安に駆られて幸成の顔が青くなり始めた頃、瑠璃の青味がかった大きな瞳と視線が合った。 そして散々下腹部を撫でていた手が、突然胸を触りだしたのだ。 「───ひゃぁッ」 思わず漏れたおかしな声に、慌てて口を噤んだ。 触れた手がいつもの様に腹の上辺りではなく、もろ胸、乳首の辺りを優しく押しているのだ。 「───る……瑠璃殿!?」 青かった顔が一瞬で紅く染る。 「…………幸成殿……最近“胸が張ったり”しませんか?」 幸成の反応などお構い無しに尋ねる冷静な声に、再び不安が募る。 「む……胸が張るって…………娘ではないのですからッ!そんなこと……分かりませんよ」 半泣きになりそうになりながら答えはしたが、恥ずかしくなったり不安になったり、目眩すらしそうだ。 「…………なるほど……それはそうですね……」 瑠璃は小難しく頷くとやっと手を離した。 「───あのッ…………俺…………」 慌てて起き上がり不安そうに見つめる幸成に、瑠璃はにっこりと微笑んだ。 声を上げてゲラゲラと笑う紫黒を睨みつけると、半透明の瑠璃で出来た盃に満たした酒を、琥珀は一息で喉の奥へと流し込んだ。 久々に飲む酒の筈が、幸成のことが気に掛かり酔うどころか増々冷静にさせる。 それに加え紫黒達が来た時、琥珀が不機嫌だった理由をしつこく聞かれ、それも酔えなくさせていた。 「あれだなッ!翡翠は幸成に気があるなぁ」 そう口にしてまた声を上げて笑っている。 「…………笑い事じゃねぇだろ……」 ますます機嫌悪そうに声にすると、琥珀は新しい酒を手酌で注いだ。 言われなくとも解っている。 母のように愛情を注いでいる幸成に、淡い想いを抱いていることなど一目瞭然だ。 所謂『初恋』というやつだろう。 「しかし───」 笑いすぎて喉が渇いたのか、紫黒は一気に酒を呷ると、まだニヤニヤしながら続けた。 「お前んとこは話題に事欠かねぇなぁ」 「……うるせぇよ」 不貞腐れた声が返すのと同時に二人が飲んでいる座敷の襖が開き、瑠璃が姿を見せた。 「───瑠璃ッ!……幸成は……?」 盃を乱暴に置き、慌てる姿にに瑠璃はクスリと笑い 「きっと、幸成殿は自分の口から伝えたいでしょうから……」 そう言って琥珀を寝所へと促した。 布団の上にちょこんと正座した幸成の頬が、何故か紅く染まっていて琥珀は眉をひそめた。 何か“大病”という様子ではないが……だからと言って“風邪”という様子とも思えない。 煩いほど音を立てる心臓は、恐らく酒のせいではない。 「…………幸成?」 「琥珀さま、とりあえず座って下さい」 向き合うように不安を拭いきれない琥珀を座らせると、瑠璃は幸成に向かって「さぁ」と声を掛けた。 「…………あ………えっと……」 ただでさえ紅かった顔が俯き、風呂でのぼせたように耳や首まで紅くなった。 「…………あの……俺の身体(なか)に……その…………琥珀の───」 「琥珀にかけられた(いにしえ)の神の(しゅ)と……彼の中の私の加護………正直心配だったけど………彼の中でちゃんと芽吹いてくれて良かった」 嬉しそうな笑顔を向けられた、膝の上のまだ幼い狼は声の(ぬし)を見上げると、不思議そうに首を傾げた。 過ちを繰り返す様に、冬が来れば雪は積もり、しかし必ず春がその雪を溶かす。 どんなに過酷な冬であれ、氷の様に固く雪が残ってしまったとしても、必ずそれを溶かす温かい日差しは訪れる。 琥珀も幸成も、お互い胸の中に溶けない根雪を抱えていた。 しかしそんな二人だからこそ、氷のように固くなってしまったお互いの雪を、溶かすことが出来たのだ。 「あの二人なら…………きっと大丈夫だ。そう思うだろ?───浅葱」 『大口真神』の祠を見下ろす小高い丘の上に座っていた男は、膝に子供の狼を抱いたまま、ちらちらと舞う雪の中に溶ける様にその姿を消した。                 終
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