嫁入り

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耳が痛くなる程の沈黙が幸成を包んでいる。 森の中なら聞こえそうな動物や虫の鳴き声も、動く微かな音すら聞こえない。 前方に付けられた窓から、頼りない提灯の僅かばかりの紅い光がさしている駕籠の中で幸成は息を殺すように()している。 右手で懐剣をそっと確かめる。 これだけが自分に与えられた全てだ。 少しすると外から“ずさり”また“ずさり……”と人とは違う足音が近付いて来るのが聞こえた。 緊張で鼓動が早まる。 確実に人より遥かに重い足音……。 幸成の喉がゴクリと音を立てて唾を飲み込むのと同時に駕籠の引き戸が静かに開き、獣の顔が覗き込んだ。 銀の毛並みの……琥珀色の瞳の獣……。 ───これが…………山神………… 『今年の贄はお前か?』 地を這うような低い声が頭に直接響くように聞こえる。 駕籠の入口から鼻先だけを入れ幸成の匂いを嗅いでいるように近付くそれは、狼の様に見えるが、それより遥かに大きい。 「…………はい」 震える手を着物で隠し強く握った。 そうでもなければその獣から目を逸らしてしまいそうだった。 『……駕籠から降りろ』 竦みそうになる足を何とか言うことをきかせ、言われた通りに駕籠の外に出た。 すると先程まで気配すら感じなかったのに、無数の狼が駕籠を囲んでいる。 しかもその数が十や二十では無い。 そして目の前にいるのは他のモノとは比べ物にならない程大きな銀色の狼。 意志に反して身体が震え出した。 『…………そう恐がるな』 そうどこか楽しそうに言うと、震える幸成の頬に鼻先をつけ山神は匂いを嗅ぎだした。 ただでさえ震えている身体が、またビクッと震える。 鼻先が頭に被った綿帽子の中まで入り込み、耳に、首に……と執拗に匂いを嗅いでいる。 そして徐に幸成の顔を見つめると 『……お前…………男か……』 冷たい声が響いた。
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