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二匹の狼
「俺を…………俺を…あなたのものに…………」
青味がかった黒い瞳いっぱいに溜まっていた涙が頬に零れていく。
それでも───泣いて怒ってくれた清吉もいる……。
毎日のように共に過ごした子供達も…………。
「どうか、俺一人の命で気が済むのなら……村の人達は…………」
地面に擦り付けるように幸成は頭を下げた。
山神を殺す事などもうどうでも良いと思えた。
共に笑い合った子供達を救えるなら、それでいい。
『………………それが答えか……』
「……………………はい…………」
『…………楽に死ねるとは思っておるまいな……?』
赤い口が先程とは違うようにニヤリと笑った。
「…………そんなこと…………思ってなどいません……」
幸成の返事に、山神はゲラゲラと声を立てて笑いだした。
『ならばよい。──黒曜、こいつを運んでやれ』
幸成を見つめたまま、名前を口にすると一匹の狼が奥の方からのそりのそりと姿を現せた。
山神程では無いにしろ、やはり他と比べ優に一回りは大きく、闇の中に佇んでいたら決して分からないだろう、と思える漆黒の毛並みの中に銀色の瞳が鋭く光っている。
『…………まさか……人間を連れてく気じゃねぇだろうな……』
黒曜と呼ばれた黒毛の狼が面白くなさそうに口にした。
『連れてくさ。オレはこいつが気に入った』
『…………冗談だろ……人間なんか連れて帰ってみろ……何をやらかすか解ったもんじゃねぇ』
銀の瞳が山神を睨みつけ、その瞳がそのまま幸成へ向けられる。
『…………こんな不味そうな餓鬼……ここで食っちまえばいい……』
『オレの決めたことに逆らうな』
『…………ならテメェで連れてけよ』
しばらく二匹の睨み合いが続き、周りの狼にも緊張が走ったのが幸成にも分かる。
『……そう言うなよ。オレはちび共を迎えに行かなきゃなんねぇ』
しかし折れるように山神が黒曜の顔に鼻先を擦り付け、今までとは違う優しい声で鳴いた。
『…………勝手ばっか言いやがって……』
そしてそれに応えるように黒曜も山神の首に顔を擦り付ける。
そして諦めたように幸成のすぐ傍へ歩み寄った。
『背中にしがみつけ、糞餓鬼……』
『──皆も先に戻れ。オレも祭りに顔を出したらすぐに戻る』
山神の言葉に見守っていた狼達も緊張が解けたように身体をブルブルと震わせたり、伸ばしたり、各々動き始めた。
───祭りに……!?
「──待って……話が違うッ!」
慌てて立ち上がり、山神に近付こうとする幸成を黒曜の鋭い瞳と剥き出しにされた牙が止めた。
地を這うような低い唸り声が響く。
『……勘違いするな。ちび共を迎えに行くだけだ。それより───』
山神はもう一度黒曜の身体に顔を擦り付けると、幸成の隣まで近寄り
『すぐに脱げるようにしておけ』
小さな耳元で囁き、そしてまた口の端を上げニヤっと笑うと、スっと暗闇へ姿を消した。
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