祭りの後

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「………………あなたは……」 以前……夜の森で迷った自分を汚れるのも気にせず抱きしめてくれた男性(ひと)………。 何故子供の頃助けてくれた、あの男性がこんな所にいるのか解らない。 けれどあの温かく優しい腕を忘れたことなど無かった。 母がいる境内の近くまで連れて行ってくれ、手を振ってくれた笑顔を今でも鮮明に覚えている。 まだ幼くて名前も何も聞かなかったが、あの時初めて人の腕の中が安心出来ると知った。 「……あ?………」 目の前の男も幸成の態度を理解出来ないと言ったように顔を顰めた。 しかしすぐに気付いたように 「あぁ……そういやさっきは獣の姿だったっけな……。オレはお前達が『山神』と呼んでる獣だよ」 どこか馬鹿にしたようにそう言って幸成の目の前に座ると、素早くその身体を胸の中へ抱き寄せた。 「あの姿じゃ……お前の身体がもたねぇだろ」 耳元で囁き、幸成のふっくらとした耳朶を舌で弄ぶ。 「────ンッ…………」 身を竦める幸成に構わず、山神は耳朶に甘く歯を立て、手は襦袢の上から胸の小さな突起を指で転がした。 「……ヤ……ッ…………」 胸に抱かれながら山神の匂いがふわりと幸成の鼻腔に届いた。 間違いなく、あの夜自分を抱きしめてくれた匂い。 遠くから吹く風の様な匂い……。 頭が混乱する。 あの時助けてくれた男性と、先程自分を怯えさせた獣が……今自分を犯そうとしているのが、全て『山神』だと言うのか……。 首に強く吸い付き、はだけた襦袢の胸元から山神の指が直に這わされ、幸成の身体がビクッと震えた。 しかし、昨夜の兄とは明らかに違う。 淫らで、優しい指……。 「───あッ…………」 意図せず声が漏れると、山神はまたニヤッと笑い幸成を布団の上に倒し、辛うじて合わさっている襟を勢いよく剥いだ。 ほんのりと紅く染まった幸成の肌が露になる。 「…………いい眺めだ」 幸成の上に馬乗りになった山神が舌なめずりをする姿が、まるで獲物を見つけた時の獣のように見える。 怯えているを知っていて、じわりじわりと甚振る獣の瞳……。 その姿に幸成の背中がゾクッと震えた。 「──オレを楽しませてくれるんだろ?」 山神の指が幸成の顎を待ち上げ、唇が重なった。 態度とは裏腹に温かい舌が優しく絡み、口の中を舐め回す。 「───それとも……」 しかし不意に離された唇がさっきよりまだ幸成を馬鹿にしたように笑い、布団の下に隠された懐剣を取り出した。 「こんなモノでオレを殺るつもりだったか?」 「───それはッ…………」 取り戻そうとした幸成の手を山神が掴んだ。 「……オレは人間が嫌いじゃねぇ。こんな得物でやろうって根性も、自分達が“神”と名付けたモノを貶める浅はかさも……」 「……離せ……ッ……」 押さえつけられた手を振り解こうとするが、そう太くは見えない山神の腕に掴まれた手がびくともしない。 それでも幸成はどうにか逃れようと身を捩った。 「そう暴れるなよ」 幸成を見下ろす山神が蔑むように笑った。 「……さっきお前が跪いてまで村の奴らを助けたいと言ったのは偽りか?」 「────違うッ!」 「なら大人しくしろよ。……死ぬ覚悟があるんだろ?それとも……もう一度選ばせてやろうか?お前か……村の奴らか……」 山神の冷たい瞳が幸成にグッと近付いた。 「……助けてくれと泣き叫べよ。“自分だけは助けてください”ってな……」 そう言って懐剣を部屋の隅へ投げたゾッとするような冷たい眼差しが、卑しめるように幸成を見つめる。 その瞳に怒りは見て取れない。 ただ蔑んでいる、軽蔑している瞳。 幸成はその瞳を見据えながら抵抗していた全てを止めた。 「…………端から生きて帰るつもりなど無い。あなたを……殺せるとも思っていない……」 「………………なら何故こんなモノを忍ばせていた……?」 「それが俺に与えられた全てだからだ」 この小さな刀が全てだと言った自分を睨みつける真っ直ぐな瞳を見つめる。 先程はあんなに怯えていたのに……それが今は見て取れない。 「……やはりお前は………面白いな……」 そう言って優しく笑った山神に幸成の瞳が微かに揺れた。 ───あの時の……優しい笑顔………… 「───なら好きにさせてもらおう」 しかし幸成の記憶の笑顔は一瞬で消え、山神はまた意地悪く笑った。
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