第一話

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第一話

 私は千切った羊毛を手に持ち、足の指先まで気を張り巡らせて糸車を動かしていた。  祖母の代から使っている糸車だけれどまだまだ動く。かたかたと音を立てながら糸巻きに糸が巻き付いて行く様子は単調だけど着実に少しずつ束が太くなっていくところを見るのが好きだ。  私は紡いだばかりの糸をぴんとひっぱり強度を確かめてみる。 「うん。これなら売り物にできるわ」  私は糸紡ぎ師だ。糸を紡ぎ、希望に応じて生地も作る。  糸車をうまく回せなければ糸の太さは均一にならず強度も弱い。これがちゃんとできなければ売り物にはできず、材料費も無駄になる。地味だけど大事な仕事だ。  私は完成した糸巻きを梱包待ちの一団に加えると、隣の部屋から私を呼ぶ声が聴こえてきた。 「(つぁい)(りん)さーん! こーんにーちは!」 「はーい」  私は糸紡ぎは糸車から離れて隣の部屋へ向かった。  今いるのは糸を紡ぐための紡績工房で、隣接しているのはまた違う目的の部屋だ。扉を開けて顔をのぞかせると、そこには三人の女性がいる。 「彩澪さん! 頼んだのできてるー!?」 「いらっしゃい。できてるわよ」  ここは私の店だ。量産型の一般的な糸とは別に、独自の糸や生地を作って販売している。  でも糸と生地だけじゃ生活するための収入には足りず、色々な商品作りもやっている。  そして最近の人気商品がこれだ。 「はい。みんなの獣種のぬいぐるみ」 「わあ! 私そっくり!」  私が渡したのはどれも動物型のぬいぐるみだが、これは目の前にいる人間の姿をしている彼女達の本来の姿だ。 「彩澪さんの作るぬいぐるみは本当に可愛いわ。抜け毛とは思えない」 「獣人の抜け毛は成長の記録ですからね」  この世界には三つの種族が存在する。人間と獣人、有翼人だ。  その中で私の顧客は獣人が多い。それというのも、この抜け毛の再利用だ。  彼女達は人間の姿をしているけれど本来は獣だ。羊のように毛が多く抜け落ちる獣種にとって抜け毛は廃棄物だが、糸紡ぎ師にとっては無料で提供される素材だ。それをこうして商品にすると縫製料を貰えるし、余った糸で別の商品を作ることもできる。
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