あの、雨の日に

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
下校中、土砂降りの雨。 突然のそれに私は駄菓子屋の軒下に入り込んだ。 突然じゃなくてちゃんと朝のニュースで言ってたろって言われてしまうかもしれないが天気予報をみる癖がないので、私にとっては予測不可能の雨だった。 「いつ止むんだろ……」 今日は色々プリントを持って帰ってきてるんだ 濡れたくない。 頭の上で鳴り響くリズミカルな雨音は なにか詩人のような気持ちになるがとくに表現する言葉は出てこない。 色々、考えてはいるんだ 喋らないだけで。 「…………」 たとえば、クラスのA君が年上の女の人と付き合ってたとか 隣のクラスの委員長が突然学校にこなくなったとか 先生が産休に入ったとか 内心はそういう人間関係に興味津々だし へー!嘘!ほんと?!なんでそうなったの?! という気持ちでそわそわしているが それを他の人と共有するほど仲良くもなく、喋れず、とくに興味無いみたいな顔で、興味無い本を読んでいる。 「…………」 その時だ。 ばしゃばしゃっとうるさい足音。 キラキラとした黄金の髪 「え”っ」 思わず声が漏れてしまう。 そいつは、クラスで一番人気の男の子だった。 吉田直人。 なんかサッカーで県内の大会にでたとか、親がエリートとか、いじめられっ子にも可愛い女子にも男友達にも平等に接する人の良さ 人気になる要素はいくらでもあった 人の形に宝石を詰め込んだ感じの魅力。 だから、眩しい。 うわー、濡れた!といって隣に立つ直人君は 私に気づかないでという念も無視して 話しかけてきた 「お前も傘忘れたの?」 「えっ?!え?あ、あぅ……はい」 「へー、真面目だと思ってたけどドジだね」 さらっとそう言われてびっくりする。 同じクラスとはいえ、認識されてると思わなかったから 真面目だというイメージがもたれていたとは…… そしてドジっていうのは悪口なんだろうか 悪口て眼の前で言う?それとも、これは仲いい子同士のお前馬鹿かよ〜みたいなやりとり? 嫌な感じしないから、多分後者だ。 軽いノリで返すべきなんだろう。 「は、はい……まぁ……」 でも私はこんな感じだ。 だから、私に話しかけてくる人はいつのまにか話しかけてこなくなる。 私という人間性を知って 関わるだけ無駄だと知って。 けれど直人君は続けて喋りだした。 「昨日出た宿題やった?」 「え、あ、は、はい昨日のうちに」 「へー、偉いね 俺今日ランドセル漁ってたら底の方で丸まってた」 「そ、そうなんっ、だ」 ザァァ…… 「…………暇だからなんか喋ってよ」 「え、ええっ、え、無理です」 「えー、声出るのになんで無理なんだよー 色々考えてるんでしょ?普段から」 そう言われてドキッとする そう、喋ってないからってなにもないわけじゃない 色々考えてるし、なんならクラスでいつもうるさい人たちの会話を盗み聞きして 中身が無いなあ、私なら……て思うくらいは 色々考えてるんだ。 それを、分かってくれるんだ 直人君は…… それは雨の雫のようなキラキラとした期待の目。 その時だった 「君たち傘ないの?一本貸してあげるから帰りなさいな」 駄菓子屋のおばちゃんが、急に、ぬっとあらわれてそう言った。 渡された一本の傘 直人君はそれをひらく 「じゃあ帰るか。入れよ」 「えっ?!え?!」 相合い傘なんて恋愛の特大イベントだ。 私と直人くんがそんなことをするの許されるんだろうか、絶対クラスの何人か妬むよ というか、ここから恋がうまれたり……。 高鳴る胸に、狭い空間で二人で歩く。 時々触れ合う体 気を使って離れて、少し濡れて また寄せ合う。 夢のようだ。 いつも遠い存在だった男の子が 雨がふったというただそれだけで こんな奇跡が起きるなんて。 永遠とおもえる家までの道、直人君は優しくて 私を家まで送り届けてくれた後 そのままその傘で一人、帰っていった。 弟が騒ぐ 「ねーちゃんが男と帰ってきた!彼氏だ!」 そう、そうだよ。そういうことだよね? 緊急事態だよね、これは 明日からどうすればいいんだろう……?! 「直人ー、来週の試合さー」 「直人君昨日家にこれ忘れてったでしょー」 「直人お前また宿題やってないのかよ」 「私が見せてあげよっか?」 翌日、教室の戸をあけるまで 緊張でいっぱいだった私の耳には騒がしい声が入り、誰の視線もむかなかった。 私はそのまま席について、直人くんの方を見る いつも通り囲まれてる彼は、こっちを見ることはない。 昨日の夜のイメトレでは クラスの何人かに相合い傘したって本当か と詰め寄られ、直人君はそれをかばってくれるー、また、直人くんのほうから話しかけてくれる。 そんな感じだったが べつになんも変わらない、いつも通りの日。 私はまた雨がふってほしいと また二人だけになりたいと 思い続けて。 雨が降った。 駄菓子屋の軒下。 誰も来ない。 静かな雨。 「おばあさん、この前は傘ありがとうございました」 「あーいいのよいいのよ お礼ならなんか買ってって」 遠い噂で、直人君が2年上の、読書モデルやってる子と付き合い始めた、と聞いた。 私はそこで気づく 私にとって人生を変えるレベルの特別なあの雨の日は べつに、直人くんにとっては いつも通りで 当たり前に過ぎていく日常でしかなく もう、過ぎ去ったのだ。 雨に頼ってる時点で、自分の力でぐいぐいと迫り、得点を稼ぎ直人くんと話してる女子に勝てるわけもなかった。 同じところで雨宿りしただけで、相合い傘しただけで 恋愛確定ルートとかそんなわけないよね 人と人との関係はそんなイベントとかじゃなくて これがきたら絶対こうなるなんて ないんだから 勝手に期待して勝手に失恋して 馬鹿みたいだ。 「はーあ」 それでも、思わずにはいられないのだ。 あの日、あの時   雨がやまぬまま 『わ、私ねっ直人くんのことが……好きです』 『え?本当?あはは、じゃあ付き合っちゃう?』 勇気を出して 都合よく、それが実って。 そんな未来が、あればよかったのに。 end
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!