3人が本棚に入れています
本棚に追加
おだやかな紳士
薬草珈琲店におだやかな紳士がやってきました。
カルダモン珈琲を注文したのですが、店員さんは厨房にオーダーを通すことを忘れたまま、家に帰ってしまいました。おだやかな紳士はおだやか過ぎて、他の店員さんも気づくことができず、一日が過ぎてしまいました。全ての店員さんは、最後までおだやかな紳士がいることに気づかず、家に帰ってしまいました。
そのような状態は何日も、何日も、続くのです。おだやかな紳士は心もおだやかなので、じっと待ち続けました。
数週間の時が過ぎ、数か月の時が過ぎ、数年の時が過ぎました。それでもおだやかな紳士はカルダモン珈琲が出されることを待ち続けました。
とても長い年月が経ったある年、その珈琲店は取り壊されることになりました。その土地はさら地になったのですが、それでもおだやかな紳士は待ち続けました。
戦争が起こり、多くの人が亡くなりました。地球上の一部にしか、人類は住めない状態になりました。それでも、おだやかな紳士は動かず、待ち続けました。
人類が滅び、次の生物が地球を支配し、そのまた次の生物が地球を支配したころ、地球に隕石が落ちました。10km級の隕石だったので、地球はあっという間に炎の塊になりました。そのすさまじい衝撃波を受けて、おだやかな紳士は宇宙へと放り出されてしまいました。
宇宙はマイナス数百度の極寒の空間です。おだやかな紳士は凍り付いた状態で宇宙をさまよいました。おだやかな紳士は心がおだやかなので、自分が凍り付いていようが、気にしませんでした。
そして、何億年という時間をかけて、とうとう、地球に似た惑星へと降り立ちました。
その惑星にまずは単細胞生物が生まれ、数億年してから高度な生物が生まれていきました。やがて、カルダモンやコーヒーといった薬草木も生まれました。同時に、知的生物も生まれました。
また、長い年月を経て、その知的生物はカルダモン珈琲というメニューを考え付いたのです。
同時にそのころ、おだやかな紳士は神様のように祀られていました。この惑星のどの生物にも属さない生き物だぞと話題の的でした。そして、色々な供物を提供されたのです。
そしてとうとう、その日がやってきました。カルダモン珈琲がおだやかな紳士に供物として提供される日が。
どの供物にも反応しなかったおだやかな紳士が、カルダモン珈琲が提供されるとその手を動かし始めたのです。それを見ていた知的生物は、みんな「おお~」と歓声を上げました。
そして、おだやかな紳士はカルダモン珈琲をとても美味しそうに飲んだのです。
カルダモン珈琲を飲み終えたおだやかな紳士は、その場にお金を置き、そこから立ち去っていきました。その後、彼がどうなったかは誰にも分かりませんでした。
おわり
最初のコメントを投稿しよう!