真逆剤3

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ワタシは薬瓶を開けた。 そして当たり前のように小さな錠剤を口にする。 ごくん、と飲み込む際の舌触りは悪いものではない。 その瞬間、世界が変わった。 鏡に写ったワタシはこの世のものとも思えないほど美人だ。 鏡に向かって微笑むと、そこには一輪の薔薇が咲いたよう。 ……分かってるんだコレが偽りの姿だってことくらい。 ー3年前ー 『もしもすべてが真逆に見える、聞こえる薬があったら。あなたならどうしますか??』 テレビのCMでまるでワタシのためだけに作られたような薬を見た。 『コレを見ているそこのあなた!』 そんなよくある言葉に釣られた。 ワタシは親に黙ったままその薬を注文した。 お届け時間はもちろん親が仕事の時間。 ピーンポーン。 ワタシの心の高鳴りを表すかのようになったチャイム。 置き配にしてって言ったのに…、そう思いながら玄関を開けた。 帽子を深く被った宅配人は髪が短かった。 「東冬亜さんですね?」 中性的な声。ワタシはハイ、と頷きながら宅配人の顔をバレない程度に見る。 性別はわからない。 「こちらにサインを…」 言いかけたところで宅配人はセリフを止めた。 「何か自分の顔についていますか?」 一人称は自分なんだ…と少しがっかりだ。 「いえいえ、ただ……」 ココで本音を話す気になれたのはもう少しこの宅配人のことを知りたかったからかも知れない。 「性別はなんだろうなって思って」 宅配人は顔色を変えた。帽子をかぶり直しワタシに渡しかけていたダンボールをひったくった。 「そちら側のお客様でしたか…。少々お待ちを」 ワタシは伸ばしていた手をそのままの状態で維持した。 頭には??が浮かんでいる。 宅配人はトラックから違うダンボールを持ってくると 「こちらにサインをお願いします」 と言った。ワタシはさっきのダンボールと違う点を見つけることはできなかった。 家に入ってからすぐにダンボールを開ける。 『5日に一粒。飲み過ぎ注意、飲み忘れは大丈夫です。効果が消えるだけですので。これを飲むことによって、あなたのことを悪く言っていた人たちの言動が真逆に聞こえます。ただし、真逆に聴こえるのは自分だけなので注意を。 これを飲んだあなたは性別が逆に見えます。 ただし、自分の性別が逆に見えているのはあなただけ。 あなたの見た目は周りから見たら変わりません。 どうぞ、真逆ライフをお楽しみください』 イメージしていた通りのものだ。 ワタシは鏡に写った自分の姿を見た。 ツーブロックの髪に、少し整った顔。 冬亜、なんて名前が似合いそうにもない。 ワタシは正真正銘染色体XY。 すぐさま水も飲まずに錠剤を口に運ぶ。 小さくて飲みやすい。 ごくんごくん……。 玄関の鏡を見た。 髪が長く、ワタシとろうじて認識できる。 顔はあんまり変わってないが、男性らしさが消えていた。 胸ができ、体中が丸みを帯びている。 目から涙が出るかと思った。 「そうっ、コレ。ワタシが求めていたのは……この姿なの…」 それからというものワタシは真逆剤を飲み続けた。 周りの皆は「冬亜ちゃん」と呼んでくれる。 この薬に出会えてよかった。ワタシだけにこの世界が見えていたとしても構わない。 この世界に偽りなんて存在しないのだから。 完
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